熱射病
ギラギラ輝く太陽が愛犬の天敵となる
生涯、厚い毛皮のままで暮らす動物たちにとって、ギラギラ輝く夏場の太陽は文字通りの「天敵」だ。
野性動物なら、木陰や山陰にひそみ、あるいは洞穴や地中に隠れて熱暑をやり過ごすこともできるが、鎖につながれ、自由に空調装置を扱えない犬たちには、打つ手がない。
飼い主の不注意で、危ない熱射病にかかるケースも少なくない。
監修/岸上獣医科病院 院長 岸上 正義

楽しいはずのドライブが落とし穴
イラスト
illustration:奈路道程
 最近、私たちは車に乗って愛犬と一緒にあちこち出かける機会が増えてきた。飼い主の行くところなら、いつでもどこへでもついて行くことの大好きな犬たちにとって、休日は何よりも待ち遠しいはずだ。
 しかし、ドライブインでの休憩や食事、ショッピングセンターでの買物のあいだ、ほとんどの犬たちは、車の中で静かに、あるいはキャンキャンと吠えながら、やむを得ず待機するしか方法がない。ドライブ中なら、暑ければ、飼い主がこまめに窓を開けたりクーラーをつけたり、と、世話をやいてくれる。でも、いかに賢い愛犬でも、自分ひとりではどうすることもできない。
 夏の直射日光は強烈だ。窓のすきま風も、車が止まっていては焼け石に水。猛烈な熱気で愛犬はグロッキーになる。不幸なことに、人間は物忘れの天才だ。食事や買物に熱中すると、あっという間に1時間や2時間がたってしまう。なかには盛夏、海水浴に行き、終日、犬を車内に置き去りにするケースも少なくないという。愛犬残酷物語である。

日射・熱射による高体温・脱水症状が
細胞壊死や腎不全をひきおこす
   出先ばかりではなく、日常の生活空間でも、熱射病の危険はいっぱいある。夏場、陽射しの強い庭先に長時間つながれていたり、カンカン照りのなかを“健康”のために、あちこち散歩に連れ回されたりすれば、いかに丈夫な犬たちだってネをあげる。締め切った蒸し暑いマンションで留守番するのもひと苦労である。とりわけ、肥満犬はぶ厚い脂肪が蓄熱体となって体温が下がりにくい。また体力のない高齢犬も要注意だ。
 言うまでもないが、同じ哺乳類でありながら、犬やネコたちには、鼻と足の裏以外、人間の体温調節に重要な働きをする汗腺がない(正確には水分を排出するエクリン汗腺がなく、脂分を分泌するアポクリン汗腺だけがある)。野性のときなら、自由に自然環境に適応することもできたが、人間の生活条件に縛られる飼い犬には、飼い主の心づかいが唯一の熱射病対策である。
 その飼い主が無神経に暑い日中、高温でうだるアスファルト道路を散歩させれば、体温が上がりっぱなしとなり、大切な足の裏がヤケド(低温火傷)する。犬はいちいち文句を言わず、ぎりぎりまでガマンする。飼い主が気づいたときは、うずくまって虫の息。おまけに肥満犬なら普段から脂肪が肺や喉を圧迫して呼吸機能が弱っている。その上に熱射病となれば、あっさりと致命傷になる。
 愛犬が熱射病にかかったら、すぐ動物病院に連れて行って応急処置をしてもらわなければ大変だ。高体温症(41〜43度、なお犬の平温は38.5度前後)が続くと、細胞蛋白が熱変して全身の細胞が壊死しはじめる。脱水症状がひどいと、血液が粘質化して循環が悪くなり、脳がダメージを受けて意識がもうろうとし、呼吸機能が障害をおこす。また、腎臓が機能せず、腎不全になれば助からない。1分1秒を惜しんで、体温を下げなければならないのである。
 科学技術万能の現代、空調技術が発達して、人間は年ごとに寒暑への関心が薄れがちとなった。その一方、精緻な技術や機械に守られて、きびしい気候への適応力が弱まっている。都市化とともに室内暮らしの増えた犬やネコも同様だ。基本的に犬は寒さに強い。その分、暑さには弱くなっている。初夏から梅雨、夏場の健康管理はことのほか重要である。

ブラッシングと健康管理で夏場に備える
   暑さに弱い犬だって、気候の変化に対応するために衣替えをする。いわゆる冬毛から夏毛への切り替えである。冬毛・夏毛について少し言えば、別に毛が生え変わるわけではない。犬の毛は、太くて長い主毛(オーバーコート)と、その周囲に密生する、通称「綿毛」といわれる副毛(アンダーコート)から成り立っている。
 この副毛がいわゆる冬毛で、暖かくなる4月頃からどんどん抜け出していく。飼い主がこまめにブラッシングしていれば問題ないが、手入れが悪いと、抜けた副毛が体にまとわりついたまま、愛犬は夏を迎えることになる。となれば、Tシャツで過ごすべき人間が起毛のセーターかトレーナーを着て生活するようなもので、愛犬はますます暑さに弱くなる。おまけに皮膚が不潔なために皮膚病になりやすく、ノミやダニの温床にもなる。
 そんなこんなで、不精・無関心な飼い主と暮らす犬たちにとって、夏場は、ほとんど耐えがたい季節となる。普段の地道な健康管理と配慮こそ、愛犬の熱射病対策の基本といえるに違いない。

*この記事は、1995年5月15日発行のものです。

●岸上獣医科病院
 大阪市阿倍野区丸山通1-6-1
 Tel (06)661-5407
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