脳神経疾患
精巧で無防備な「脳」に何か異常が発生したら、「てんかん」などの痙攣や意識障害、嘔吐、歩行困難などさまざまな神経症状が現れる。 放っておけば一命にかかわるが、CT診断などによる早期発見と早期治療さえできれば、犬やネコたちの苦しみを取りのぞくことができる。
監修/長屋獣医科病院 院長 長屋 好昭

大切な「脳」の病いをCTで診断する」

イラスト
illustration:奈路道程
 「脳」は、外界の情報を視覚や聴覚、嗅覚、触覚などで取り入れ、過去のデータをつき合わせながら分析し、新たな考えや行動を導き出す、動物の指令塔である。それと同時に心臓や肺、胃腸などの内臓の働きを調節し、動物が健康に生きることができるように昼夜分かたず体の組織を動かしている。しかし精巧で無防備な脳に何らかの異常が起これば、脳と体を縦横に結び、機能させる脳神経系に悪影響を及ぼして、頭痛、嘔吐(おうと)、痙攣(けいれん)、意識障害、麻痺(まひ)などさまざまな症状を引き起こし、ひどくなれば命がうばわれる(なお、同様の症状を引き起こす病気には、脳神経疾患以外に肝性脳症・中毒・心疾患・内分泌疾患・脊髄疾患なども考えられる)。
 近年は獣医学界でもCT(X線によるコンピュータ断層撮影法)やMRI(核磁気共鳴映像法)など高精度の検査・診断技術が活用され、脳神経疾患の診断・治療も進んできた。たとえば、長屋獣医科病院のCT検査事例によると、突然の痙攣と意識喪失などを引き起こす「てんかん」で来院する犬やネコの症例の約30%は、「水頭症」によって脳神経が圧迫されて起こっている。病因が明らかになれば、効果的な治療を受けることもできる。さまざまな脳神経疾患に苦しむ動物たちに獣医学の光が当たりだしたのである。

犬に多い「水頭症」のメカニズムと治療
正常な脳
CT映像

水頭症髄液の溜まった部分が黒く写る。(赤丸部分など)

CT映像
 犬の「てんかん」、歩行困難、旋回運動、麻痺(まひ)などの脳神経疾患のうち、器質的障害のあるなかで最も多い病因が、先にもふれた「水頭症」である。水頭症とは、脳の内部、ことに「側脳室」に髄液(脳脊髄液)が過剰にたまり、脳の機能に障害が生じる病気である。精巧だが無防備な「脳」は髄液に浸された状態で、幾層もの膜に包まれて丈夫な頭蓋骨の中に収まっている。その髄液はつねに「脳室」で一定量造られ、脳の表面を流れて、脳の静脈に吸収されている。しかし髄液が過剰に造られたり、あるいはその流路がふさがったり、静脈への吸収が不十分だったりすれば、脳室の中に髄液が過剰にたまっていき、脳を圧迫して、先にあげたような脳神経症状を引き起こす。それが「水頭症」である(CTで検査すれば、髄液のたまった部分が黒く写り、一目瞭然となる)。
 病因は、髄液のたまりではなく、それによる「脳圧」の高まりである。だから、治療方法は、いかに脳圧を下げるかで、通常は、利尿効果があり、余分な髄液を静脈に吸収させる薬を与えれば、症状は改善する。しかし進行性で髄液がどんどんたまる場合は、脳圧を一定に保ちながら余分な髄液を排出するために、弁の付いた管(くだ)を脳室からお腹に通すバイパス手術をする。
 また水頭症になると、脳の血流が低下して、脳細胞の維持に必要な養分が不足し、脳細胞に水分が浸みこんで機能障害を起こす「脳浮腫(ふしゅ)」になりやすい。そのため、副腎皮質ホルモンを投与して症状を抑えたり、あるいは「てんかん」症状の犬やネコには抗てんかん剤を投与するなど、さまざまな症状への治療を併用する。なお、抗てんかん剤の効かない「難治性てんかん」の場合、人間の患者では、「てんかん」の発現部位を確かめ、それが後遺症のほとんどない「側頭葉」内なら、その部分を手術で取り除くケースも少なくない。

「脳腫瘍」の発見と外科手術
   そのほか、髄膜(脳脊髄膜)腫やリンパ肉腫などの脳腫瘍(しゅよう)によって髄液の流路がふさがり、水頭症となって、てんかんはじめさまざまな脳神経症状になる犬やネコも少なくない。髄膜腫などは、脳の表面を包む「くも膜」(脳膜は表層から硬膜・くも膜・軟膜の3層からなる)上にでき、また造影剤を使った脳血管撮影によって診断も確かで、手術して腫瘍を取り除けば、問題ない。もっとも、脳は感染症にかかりやすく、また、犬、とくに小型犬やネコの頭は小さいために、人間の場合よりも外科手術はむずかしいケースが多い。さらに、手術室もクリーンルームが必要で、手術用顕微鏡も高価な特製のものを備えなければならず、また、脳神経外科手術の技術と経験のある獣医師も少ないために、手術できる動物病院も限られている。
 自宅の犬やネコに歩行困難や旋回運動、「てんかん」のような痙攣や意識障害が少しでも現れたら、かかりつけの獣医師と相談してCTなどの検査を早めに行い、症状が悪化する前に病因を明らかにして、適切な治療を受けることが肝心だ。水頭症や「てんかん」などは薬剤を服用する内科治療で症状が改善することが多い。病気の進行が速ければ、水頭症でも、症状発現後わずか1週間ほどで手遅れになるケースもある。また脳腫瘍でも悪性なら、症状発現後、3,4週間で一命をうばうこともある。犬やネコは脳神経症の初期症状である「めまい」や「頭痛」におそわれても飼い主に訴えることができない。飼い主が異常を感じたら、すぐに適切な診断・治療を受けることが何よりも大切だ。

*この記事は、1998年7月15日発行のものです。

●長屋獣医科病院
 名古屋市天白区大根町6-1
 Tel (052)802-1200
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