オシッコが止まらず、水をがぶ飲みする
排尿がコントロールできなくなる「尿崩症」
愛犬が尋常でないくらい水を飲み、起きている時も寝ている時もオシッコをし続けていれば、「尿崩症」の可能性も。
脳や腎臓に異常が起こって発症する、犬にも飼い主にもつらい病気だ。

【症状】
いつもオシッコをいっぱいして、水をがぶ飲みし続ける

イラスト
illustration:奈路道程

 愛犬がさっきオシッコをしていたはずなのに、また、たくさんオシッコをする。夜、寝る前にオシッコを済ませても、朝、起きると、愛犬の寝床の周りがオシッコでぐしょぐしょ。そして、一日中がぶがぶ水を飲んでいて、大きな洗面器やバケツに水をたっぷり入れていても、すぐ空になる。
 こんな症状を「多飲多尿」といい、その背景に何らかの病気が潜んでいることが多い。そのひとつに「尿崩症」がある。
 尿は、よく知られるように、腎臓で血管から老廃物や有害物質を含んだ水分を濾過した原尿を濃縮し(体に必要な有用物質やほとんどの水分は再吸収される)、尿管を通じて膀胱へ流れ、膀胱内で一定量以上たまると、尿道から排せつされる。ところが何らかの要因で尿をつくり、排せつする機能が正常に働かなくなり、体内の水分がどんどん体外に排せつされると、ひどい脱水状態になりかねない。そこで、ひたすら水をがぶ飲みして不足する水分を補おうとする。そんな症状が「多飲多尿」で、問題の本質は「多尿」にある。
 動物の体はその過半が水分で、脱水状態になれば体を構成する細胞を始め、各臓器が障害されていき、一命にかかわる事態になる。
 では、尿崩症はなぜ、どのようにして起こるのか。

【原因とメカニズム】
腎臓で水分の再吸収を促す「抗利尿ホルモン」の産生や分泌、受容に問題が生じる
 
 尿崩症とは、排尿をコントロールするホルモン(抗利尿ホルモン)の分泌や働きに問題が生じて起こる病気である。
 腎臓は休むことなく、血液から原尿をつくり続ける。しかし、体に必要な水分やミネラル、グルコースなどは再吸収され、再利用されている。貴重な水分を体内に保つために、犬たちはほとんど汗をかかず、散歩や運動をして体温が上がっても、ハアハアと荒い呼吸をし、熱を体外に放散して体温を下げている。しかし激しく息を吐けば、水分が蒸発し、のどが渇く。その時、オシッコが出ていけば、脱水状態になりかねない。
 そんな場合、「抗利尿ホルモン」がきちんと分泌されれば、その働きによって腎臓内で水分がたくさん再吸収されることになる。また、睡眠中、ほとんどオシッコをしないのも抗利尿ホルモンのおかげである(反対に、水を飲み過ぎれば、抗利尿ホルモンの分泌が抑えられて、オシッコの量や回数が増える)。
 この大切な抗利尿ホルモンは、脳(の間脳)内にある「視床下部」という部位で産生され、それに接続する「脳下垂体」の一部(後葉)に蓄えられている。そして必要に応じて分泌され、血流に乗って腎臓に到達する。
 一方、腎臓には抗利尿ホルモンをキャッチする「受容体」があり、このホルモンを認識すると、水分の再吸収を促進する。
 ところが視床下部や脳下垂体周辺に腫瘍ができていたり、頭部をケガしたり、先天的な要因で抗利尿ホルモンの産生や分泌が障害されれば、腎臓で水分を再吸収できなくなる(下垂体性尿崩症)。また、視床下部や脳下垂体の機能、働きが正常でも、腎臓内の受容体が、腎不全など腎臓の病気によって障害されれば、抗利尿ホルモンをキャッチできず、水分の再吸収がうまくできなくなる(腎性尿崩症)。そうなれば、腎臓から膀胱に流れ出る尿の量が増える一方で、犬は始終、オシッコをいっぱいしてしまうため脱水状態になりやすく、それを防ぐために、飼い主が驚くほどたくさんの水をがぶ飲みし続けなければならなくなる。症例こそ少ないが、犬にとって見かけ以上に過酷な病気が尿崩症なのである。

【治療】
水を絶やさず、症状の悪化を防ぎながら、薬剤投与や食事療法を行う
 
 多飲多尿の原因が「尿崩症」と診断されたならば、まず第一に、季節や昼夜にかかわらず、常に十分な水を用意して、愛犬が飲みたい時、好きなだけ新鮮な水が飲める環境を整えることである。
 視床下部や脳下垂体に問題のある「下垂体性尿崩症」の場合、腫瘍など生命にかかわる病気が原因しているのでない限り、抗利尿ホルモンと同様の働きをする合成ホルモン剤を毎日投与し続ければ、腎臓で水分が再吸収されるため、多飲多尿の症状も治まり、通常の生活を送ることができる。
 一方、腎臓の受容体に問題のある「腎性尿崩症」の場合、そのような効果的な治療法はない(ある種の「利尿剤」を投与すると、症状が改善するケースもある)。腎臓の病気がきっかけで発症しているのなら、食事療法などで腎臓の状態を少しでも改善させながら、新鮮な水を絶やさない努力を続けていくことが不可欠である。
 ただし、何らかの治療に入る前に、何よりも大切なことがある。それは、「多飲多尿」の原因が「尿崩症」であるかどうかを鑑別することである。
 犬が多飲多尿の症状を示す病気には、糖尿病やクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)、子宮蓄膿症などいくつもある。病気の種類が異なれば多飲多尿のメカニズムも異なり(クッシング症候群の場合、腎性尿崩症と似ているケースがある)、治療法も異なる。そこで、血液検査や尿の検査(尿を濃縮できるかどうかを確認する検査など)、MRIやCTなどの画像検査(腫瘍かどうかを調べる)を行い、多飲多尿の背景にどんな病気が潜んでいるのか、さらには尿崩症であっても、それが下垂体性なのか腎性なのかを適切に診断していかなければならない。

【予防】
腎臓への負担を減らし、いつも新鮮な水をたっぷり飲めるように!
 
 「下垂体性尿崩症」の場合、先天性と考えられるケースがあり、比較的若い年齢で発症することもある。一方、脳内に腫瘍ができて発症するケースは、高齢期の犬に起こりやすい。もっともこれらに適切な予防策はないため、多飲多尿などの症状が現れれば、できるだけ早く発見し、必要な治療、対策を行っていくことが大切である。
 「腎性尿崩症」の場合、腎臓疾患にかかわって発症するのなら、子犬の時から腎臓の負担になりやすい食べ物を与えない。腎臓に悪影響を与えるウイルス感染症の予防接種を継続する。炎天下の激しい運動をなるべく避けて、水分不足などによる腎臓への負荷をできるだけ防止する。愛犬がいつも新鮮な水をたっぷり飲めるようにする、などに留意してほしい。

*この記事は、2008年6月20日発行のものです。

監修/麻布大学獣医学部附属動物病院 腎・泌尿器科 三品 美夏
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