乳腺腫瘍

【症状】
 愛犬の胸・腋の下から下腹部・内股まで大小さまざまなオデキが…

illustration:奈路道程
 乳腺腫瘍は、メス犬の全腫瘍の約五十二%といわれるほど、かかりやすい病気である。
 そのうえ、犬の場合、胸・脇の下から下腹部・内股まで広がる乳腺のあちこちにできる(多発性)ことが多く、気が付けば、大小さまざまなオデキ(腫瘍)が胸・腹部一面に点在していて、息をのむ状態になっていることも少なくない。
 しかし、それほど悲観する必要はない。
 猫の乳腺腫瘍の八十〜八十五%が「悪性腫瘍」(乳がん)といわれるのに対して、犬の場合、「良性」と「悪性」の比率は約五十%ずつ。さらに、その(約五十%の)「悪性腫瘍」のうち、がん細胞が早期の段階で血液やリンパの流れに乗って、あちこちのリンパ節や肺などの臓器に転移するものは約五十%(つまり、乳腺腫瘍全体の約二十五%)。悪性腫瘍のほぼ半数が局所だけで増殖したり、転移速度が非常にゆっくりしているといわれている。
 これを、犬の乳腺腫瘍の「五十・五十・五十%ルール」と呼ぶ。
 くり返せば、メス犬の全腫瘍の約五十%が「乳腺腫瘍」・「乳腺腫瘍」全体の約五十%が「悪性腫瘍」・「悪性腫瘍」全体の約五十%がきわめて悪性度が高い(小さい段階から転移しやすい)。たとえ「悪性腫瘍」であっても、早期に発見・治療すれば、治る確率が猫よりもずっと高いのが、犬の乳腺腫瘍の特徴である。

【原因とメカニズム】
 犬の乳腺腫瘍は、女性ホルモンとの関連性がきわめて高い
   腫瘍とは、本来、正常な細胞が、何らかの要因によって、”異常“な成長、増殖をおこなってできる”異常“な細胞の集団である。ふつうは、からだの防御システムが働いて、”異常“な細胞は大きくなる前に排除される。しかし、そのような防御システムがうまく働かない場合、その”異常“な細胞の集団はどんどん大きくなっていく。そのなかで、ある程度の大きさで止まり、からだの他の部位に転移しないものを「良性腫瘍」といい、成長、増殖に歯止めがかからず、からだの他の部位に転移して、ついには一命を奪いかねない悪質なものを「悪性腫瘍」(がん)という。
 そのなかで、乳腺細胞の”異常“で発生するのが「乳腺腫瘍」である。腫瘍発生の要因は、体質や環境、食べ物、生活習慣など、さまざまな要素が組み合わさっており、「これだ」と特定することはきわめてむずかしい。
 しかし、犬の乳腺腫瘍の場合、とくに女性ホルモンとの関連性がきわめて高いと考えられている。事実、アメリカでの研究報告によれば、初発情前に避妊手術を受けたメス犬が乳腺腫瘍になる確率は、避妊手術を受けていないメス犬の約
○・五%。また、初発情と二回目の発情のあいだに避妊手術を受けた場合は約八%。発情二回目と三回目のあいだに避妊手術を受けた場合は約二十六%となっている。
 ただし、犬の乳腺腫瘍で女性ホルモンがかかわると見られるものは、悪性度の低い症例が多い。なお、一般的に、メス犬が五歳以上になると、乳腺腫瘍を発症しやすくなり、発症のピークは猫(十歳前後)より少し若く、九・三歳となっている。

【治療】
 早期なら根治治療が可能。手遅れでも、適切な対症療法で、QOLを確保する
   乳腺腫瘍と思われるオデキが見つかった場合、すぐにその組織の一部を切除して検査し、どんな腫瘍か、「良性」か「悪性」かを調べ、治療法を検討していく。
 犬の乳腺腫瘍は、ふつう、大きさが三センチ以内で、ほかの部位に転移していない初期の状態を第一期。からだのあちこちに転移して、いろんな「がん症状」が現れ、末期症状を示す最終段階が第四期と、進行度が分けられている。これらのどの段階かによって、治療の目的も方法も異なってくる。
 なお、腫瘍の治療には、腫瘍組織の外科的な切除手術のほか、放射線治療、抗がん剤治療、免疫療法などいくつかあり、腫瘍の種類や発現部位、転移の状況などによって、適切な手段を組み合わせて実施していくことになる。
 第一期の場合、腫瘍のある乳腺組織とその周辺組織、リンパ組織などを確実に切除し、症状に合わせて、周辺組織への放射線治療をおこなえば、さらに根治率が高い。
 すでに転移している場合は、根治するのはむずかしいが、まだ第二期・第三期で愛犬が元気で食欲もあれば、外科手術、放射線治療、抗がん剤治療などの治療を適切におこなえば、寿命も確実に伸び、また、症状の悪化を抑え、質・量ともにクオリティ・オブ・ライフを確保することができる。
 たとえ第四期でも、適切な対症療法をおこなえば、残された命を、より苦痛少なく、より楽にすごすことも可能である。とにかく、人と犬との寿命比を考えれば、犬にとっての一年は、人にとって五〜七年分もの価値がある。愛犬と飼い主家族にとって、よりよい治療、よりよい暮らし方を追求することが大切である。

【予防】
 初発情前、遅くとも生後一〜二年のあいだに避妊手術をするのが効果的
   先にふれたが、犬の乳腺腫瘍は、女性ホルモン(発情回数)とのかかわりが大きいことが確認されている。そのため、早ければ初発情前、遅くとも生後一、二年のあいだに避妊手術を受けることが、病気予防に役立つといえる。もっとも、なかには、女性ホルモンとは関連性の乏しい悪性腫瘍もあるから、早期に避妊手術を受けたといっても、油断すべきではない。
 週に一度や月に一度は、スキンシップをかねて愛犬の胸・腋の下から下腹部・内股まで、ていねいになで、さすってやり、小さなシコリができていないかどうか、チェックしてあげてほしい。たとえ悪性の乳腺腫瘍でも、五ミリぐらいのものなら、簡単な外科切除手術のみで、根治する確率は非常に高い。

*この記事は、2003年3月20日発行のものです。

監修/麻布大学獣医学部助教授 信田 卓男
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