おなかにしこりができる
未避妊の高齢犬は「乳がん」に注意
年を取った愛犬のおなかにしこりが…。もしその犬が避妊手術をしていないメス犬なら、乳腺腫瘍の可能性も。
「乳がん」は乳腺腫瘍の中でも悪性のものを指し、わずか数か月で愛犬の命を奪うこともある。

【症状】
おなかにしこりができ、だんだん大きくなる

イラスト
illustration:奈路道程

 愛犬のおなかをなでていて、ふと、指先に小さな「しこり」を感じることがある。単なる吹き出物か、脂肪の固まりか、それとも、何かの腫瘍か…。
 もし愛犬がある程度年を取った、避妊手術をしていないメス犬の場合、乳腺腫瘍の疑いがある。かかりつけの動物病院で検診してもらったほうがいいだろう。
 乳腺腫瘍には、生命への危険性のない良性腫瘍と、増殖すれば、命にかかわりかねない悪性腫瘍、つまり乳がん(正確には乳腺がん)とがあり、犬の場合、良性腫瘍と悪性腫瘍(乳がん)の割合は約50%ずつといわれている。さらに、それら乳がんのうち、すぐ命にかかわるほど急速に増殖し、体のあちこちに転移する、極めて悪性度の高い悪性がんの割合は約50%、つまり、全乳腺腫瘍の4分の1前後といわれている。
 もっとも、犬の乳房は人と同じく左右1対(2個)だが、乳首は5対(10個)あり、左右の乳腺は胸から下腹部まで広範囲に広がっており、どんな乳腺腫瘍がどこに、いくつできるか分からない。つまり、ある乳腺腫瘍が良性でも、次にできたものが乳がん、それもすぐ命にかかわる悪性乳がんの可能性がある。単純計算すれば、4個乳腺腫瘍ができれば、1個は悪性がんの可能性がある。
 悪性乳がんなら、週単位、月単位で増殖し、わずか数か月で愛犬の命を奪うことも珍しくない。

【原因とメカニズム】
性ホルモンが、乳がん発症の大きな要因のひとつ
 
 なぜ乳がんができるのだろうか。
 その大きな要因のひとつは、性ホルモンの作用と考えられている。事実、初発情前に避妊手術をしたメス犬が乳がんを含む乳腺腫瘍になる確率は約0.05%で、発情回数が1〜2回の場合は約8%。2〜3回だと26%と、発情回数が増えるたびに発症確率は急激に高くなる。
 実際、アメリカと日本に暮らすメス犬を比べると、早期の避妊手術がよりずっと多いアメリカの犬のほうが乳がんにかかる割合は低い。
 性ホルモン以外の発がん要因として、例えば、遺伝性、紫外線や食事などいくつも考えられるだろうが、現在、はっきりと因果関係が証明されたものはない。
 発症年齢については6歳か7歳ぐらいから発症率が高くなっていく。動物が生きている限り、体を構成する細胞が分裂を繰り返す。年を経て、細胞分裂の累積回数が多くなるほど、何らかの要因でがん細胞が生まれる確率は増えていく。また、体を守る免疫力も年を取れば取るほど低下するため、いったん生まれたがん細胞が退治されずに生き残る可能性も高くなっていくだろう。

【治療】
乳腺を全摘出する外科手術が基本。補助療法に抗がん剤治療や放射線療法、免疫療法など
 
●外科手術
 乳がん治療の基本は、できるだけ早く乳がんの発症した乳腺すべてを切除する外科手術である。悪性乳がんでも、しこり自体が小さく、転移している可能性がなければ、外科手術だけで完治する(極めて痛みの激しい炎症性乳がんの場合は、ある程度広がると、手術しても周辺の皮膚を縫合できないため、切除せず、痛みをできるだけ抑える緩和療法を行うしか方法がない。余命数か月前後といわれている)。
 しこりが小さいからと様子を見ていると、悪性乳がんならどんどん増殖して、リンパ管や血管から、肺や脳、背骨や四肢の骨などへ転移したり、乳腺からその下の筋肉へ浸潤していくことが多い。そうなれば、手遅れになりかねない。
 例えば、5対ある乳頭のうち、上から3対までに乳がんが発症すると、わきの下にあるリンパ節にいち早く転移しやすいため、初期の段階でもそのリンパ節も切除する。反対に乳頭の下から3対までに発症すれば、手術時、足の付け根(鼠径部)のリンパ節も切除する。

●抗がん剤治療や放射線療法
 もし、切除したわきの下や足の付け根のリンパ節にがん細胞が転移していれば、体の他の部位に転移している可能性が高いため、補助治療として抗がん剤を投与することもある。
 また、乳腺の下の筋肉にまで乳がんが浸潤していれば、切除手術だけでは不十分なため、その周辺に放射線治療を行うこともある。

●免疫療法
 乳がんに抗がん剤治療や放射線治療がどれほど有効かは、まだはっきりと証明されていない。そのため、乳がんが転移している可能性がある場合、抗がん剤治療や放射線治療以外の免疫療法を行うケースもある。
 免疫療法にはいくつかあり、ひとつは、その動物自身のリンパ球を採取して体外で活性化させたのち、体内に戻すリンパ球活性化療法である。
 あるいは、健康補助食品などを摂取し、体の免疫力を高める方法もある。そのひとつに「タヒボ」という成分を含む健康補助食品などを摂取し、体の免疫力を高めて、乳がんの転移や再発を抑えようという療法がある。抗がん剤や放射線治療とは異なり、副作用がないため、プラスはあってもマイナスがない。また、タヒボという成分を含む健康補助食品は、嗜好性に優れているので、ほとんどの犬に無理なく摂取させることができる。
 なお、タヒボとは、アマゾン流域に自生するある樹木から抽出された成分で、ヒト領域でも代替医療のひとつとして広く知られており、がん細胞の増殖を抑える効果があることが確認されている。

【予防】
初発情前後に避妊手術をする
 
 乳がん予防には、もし愛犬に子犬を産ませる計画がないのなら、メス犬が初発情を迎える前後に避妊手術を行うことが有効である(ただし、性ホルモン以外の何らかの要因で乳がんが発症することもある)。発情回数が増えるに従って発症する確率が急増し、発情回数が4、5回以上になれば、たとえその段階で避妊手術をしても乳がんの予防効果は乏しい。
 万一、左右どちらかの乳腺にしこりを発見したら、動物病院でそれが乳腺腫瘍かどうか検査してもらい、乳腺腫瘍なら、たとえ乳がんではない良性腫瘍でも、その乳腺を全摘出し、できれば、その数週間後ぐらいにもう片方の乳腺も全摘出するほうが安心である。
 だが、初発情前後に避妊手術をしていても、乳がんが発症することもある。また、乳がん以外に、皮膚にしこりを生じる肥満細胞腫のような腫瘍もある。その他、いろんな皮膚病になる可能性もある。子犬の時から愛犬を優しく丁寧になでることを習慣化し、皮膚に何らかの異常があれば、早い段階で動物病院に相談してほしい。

*この記事は、2008年11月20日発行のものです。

監修/日本獣医生命科学大学 准教授 藤田 道郎
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