乳歯がいつまでも抜けない
特に小型犬に多い「乳歯遺残」
意外と知られていないが、犬の歯も乳歯から永久歯へと生え替わる。
もし永久歯が生えそろっても乳歯が抜けない「乳歯遺残」になれば、不正咬合などの様々な問題が起こる。

【症状】
口腔内が傷つき、食べ物が食べにくく、歯周病になりやすい

イラスト
illustration:奈路道程

 犬は、猫や人と同じく、最初に「乳歯」が生え、次いで「永久歯」に生え替わる“二生歯性”の動物である(ラットやナマケモノは、生涯一種類の歯で過ごす「一生歯性」)。
 犬の乳歯は一般的に生後3週間前後から生え始め、約2か月間で生えそろう(犬の乳歯は通常28本)。一方、犬の永久歯は生後4か月過ぎから生え始め、生後7か月ぐらいに生えそろう(犬の永久歯は通常42本)。
 その間、永久歯が伸びるに従って乳歯が抜け落ちていき、生後7か月ごろには永久歯のみの歯並びとなっているのが普通である。
 ところが、永久歯が生えそろった後もなぜか乳歯が抜け落ちず、永久歯にくっついたままの状態(乳歯遺残)になっている犬たちもいる(とりわけ小型犬に多いが、中型犬や大型犬にも見られる)。
 そのまま放置していれば、乳歯と永久歯の間に食べカス、歯垢がたまって雑菌が繁殖し、歯茎に炎症を起こしやすくなる(歯周病)。ひどくなれば、歯根やあごの骨を溶かし、口腔と鼻腔を隔てる骨に穴を開けて鼻と口がつながったり、下あごの骨がもろくなって骨折したりする。また、永久歯が本来の位置に生えることができず、歯のかみ合わせが悪くなる(不正咬合)。そうなれば口腔内の粘膜を傷つけ、さらには痛みでうまく食べることができなくなる。下あごの永久犬歯が乳犬歯の内側(舌側)に伸びて、口蓋を突き刺すこともある。
 乳歯遺残は犬にとってとても厄介な病気である。

【原因とメカニズム】
乳歯から永久歯に生え替わるメカニズムに問題が生じる
 
犬の歯の構造(上あごと下あごの乳犬歯が遺残した例)  なぜ乳歯遺残が起こるのか、はっきりとした原因は不明である。ただし、何らかの要因で乳歯から永久歯に生え替わるメカニズムに問題が生じた結果といえるだろう。
 ここで簡単に犬の歯の生え替わり方について触れる。
 犬の歯の生える順番は、通常、乳歯も永久歯も同じで、(1)下あごの切歯(前歯)、(2)上あごの切歯、(3)下あごの臼歯、(4)上あごの臼歯、(5)下あごの犬歯、(6)上あごの犬歯、となっている。もっとも、乳歯も永久歯も胎仔(動物の胎児)の段階で上あごと下あごの骨の中で相次いで形成されていく。ただし歯茎から外部に現れるのは、犬の乳歯が生後3週間目から、永久歯が生後4か月過ぎからである。
 永久歯が生え始めたからといって、乳歯がすぐに抜けるわけではない。まず乳歯の歯根周辺に破歯細胞が集まってきて歯根を溶かしていく。そうして、永久歯が乳歯の歯冠(歯茎から出ている部分)の高さの2/3〜1/2ぐらいに伸びたころ、乳歯が自然にポロリと抜け落ちていく。
 ところが乳歯遺残の場合、乳歯の歯根が十分に溶けず、あごの骨の中に残ったままとなることが多い。乳歯が最も残りやすいのは、面倒なことに歯の中で一番大きな犬歯である(乳切歯や乳臼歯も遺残することもある)。
 なお、下あごの永久犬歯は乳犬歯の内側(舌側)に生え、上あごの永久犬歯は乳犬歯の前方に生えていく。通常、その途中で乳犬歯が抜ければ、自然に永久犬歯の位置が移動して元の乳犬歯の位置に収まるため、上下のかみ合わせに問題(不正咬合)は生じない。乳歯と永久歯が併存する期間は、犬歯で1週間〜2週間、その他では1〜2日で、2週間以上併存すると不正咬合になるといわれている。

【治療】
遺残する乳歯を、できるだけ早く、永久歯を傷つけないように抜歯する
 
 先に述べたように、乳歯遺残になれば歯や口腔、上あごや下あごに色々な問題を生じていく。それを防ぐには、永久歯が生えそろいだす6〜7か月前後に、歯の生え替わり状態をよくチェックして抜け落ちない乳歯を抜歯していく必要がある。
 歯根がある程度溶けていれば、乳歯がぐらぐらしていて比較的簡単に抜くことができる。その時は抜歯用器具(エレベータ)を使って歯をさらにぐらつかせ、抜歯鉗子で歯を抜く。その後、抜け落ちた乳歯の歯根部の位置に永久歯が自然に収まりにくいのなら、矯正をかけて永久歯を移動させ、不正咬合が起こらないようにすることもある。
 もし乳歯の歯根部がしっかり残っているなら、歯茎(歯肉)を切開して乳歯を抜歯することになるが、エレベータを入れると、永久歯の歯根部や歯根部を包む歯根膜を傷つける恐れがある。そのような場合は、歯肉部を切開し、永久歯の歯根膜を傷つけないように慎重に乳歯の外側の骨を削り取った後、エレベータと抜歯鉗子を用いて抜歯。最後に縫い合わせる口腔外科手術を行わなければならない。特に生後1歳以上になっていれば、乳歯と永久歯の歯根を包む歯根膜の幅が次第に狭く、硬くなり、乳歯を抜歯しても永久歯が本来の位置に移動することは難しくなってくる。

【予防】
愛犬が生後5〜7か月の期間は、月に一度は動物病院で乳歯遺残のチェックを!
 
 乳歯遺残を未然に防ぐ方法はない。早期発見、早期治療が何よりも大切である。
 現在、日本では小型犬の飼養頭数が非常に高くなり、乳歯遺残に苦しむ犬も増加傾向にある。しかし口腔内の乳歯と永久歯の生え替わりの状況を飼い主がきちんとチェックするのは難しい。というのは、小型犬は乳歯も永久歯も小さく、ぱっと見て乳歯が残っているかどうか判別しにくいからである。できるなら、生後5か月ぐらいから7、8か月ぐらいの間は、月に一度でも動物病院でチェックしてもらったほうがいい(不確かな場合、レントゲン撮影すればすぐに判明する)。
 繰り返すが、生後1歳以上になれば、遺残する乳歯を抜歯しても永久歯は本来生えるべき場所に移動しにくくなる。ところが、それ以前の生後5〜7か月前後までは、ワクチン接種と避妊・去勢手術との谷間になって、子犬が元気に育っていれば動物病院に通うことも少なく、乳歯遺残を見過ごしやすいのである。

*この記事は、2007年12月20日発行のものです。

監修/フジタ動物病院 院長 藤田 桂一
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