犬パルボウイルス感染症

【症状】
激しい嘔吐や下痢、脱水症状など

illustration:奈路道程

 一九七〇年代末、激しい嘔吐や下痢を伴う、原因不明の致死性の高い感染症が世界各地の犬を襲った。日本でも、当時、「ポックリ病」「コロリ病」などと呼ばれたこの病気にかかり、多くの犬が急死した。それが「犬パルボウイルス感染症」のまん延の始まりだった。間もなく原因ウイルスが特定され、ワクチン開発も行われ、ワクチン接種の普及とともに犬パルボウイルス感染症の症例も減少した。しかし、ワクチン未接種で、体力や免疫力の弱い子犬や老犬などは、犬パルボウイルスに感染して死亡することも少なくない。
 犬パルボウイルスは、猫パルボウイルスから突然変異したのではないかと疑われている。
 このウイルスは、犬の体内に入った後、細胞増殖の活発な腸管や骨髄などを攻撃する。そのため、通常は感染後、数日から十日前後で発症すると、腸管の粘膜が破壊され、激しい嘔吐や下痢が続く。トマトジュース状の血便が出ることも多い。嘔吐、下痢が続くと、体力が衰え、脱水症状がひどくなる。また、腸の粘膜が破壊されるため、腸内の細菌が体内に侵入。ひどければ、内毒性ショックや敗血病を起こして死亡する。
 また、骨髄がダメージを受けると、一部の白血球が造られなくなり、白血球が減少する。あるいはリンパ系に侵入することもある。ともに犬の免疫力が極度に低下して、様々なウイルスや細菌の二次感染を受けやすくなる。特に子犬などは急激に症状が悪化して、発症後一、二日で急死することも少なくない。飼い始めたばかりの子犬が嘔吐や下痢をした時は、検診のため、できるだけ早く動物病院に連れて行くことが大切だ。


【原因とメカニズム】
強いウイルスが、感染犬の排せつ物などを通じて、経口感染する
   よく知られるように、ウイルスは自ら増殖することができず、他の生き物の細胞の働きを利用して増殖する。
 経口感染で犬の体内に入る犬パルボウイルスの特徴は、何と言っても丈夫なこと。自然界で半年や一年、そのままの状態で生存できる。また、感染した犬が発症せずにウイルスを排せつしている(キャリア)こともある。だから、どこかで感染した犬の体内で増殖したウイルスは糞便や尿、唾液、鼻水、嘔吐物などに混じって体外に出た後、例えば犬の体毛、ケージや毛布、食器、床や庭、散歩コース、その犬に触った人の手や衣服、靴の裏など様々な手段で、長期間、新たな感染機会を辛抱強く待つ。
 また、このウイルスは、普通のせっけんや消毒液などでは死滅しない(塩素系消毒液が有効)。そのため、子犬が急死した家庭で、一年もたってから、新たに飼い始めた子犬が、生き残った犬パルボウイルスに感染して死亡するケースもある。
 現在、子犬のワクチン接種率も高くなった。しかし、通常、母親から初乳を通じてもらった「移行抗体」に守られていた子犬の免疫力が低下してくるころ(生後二か月前後)、ワクチン接種が遅れたり、ワクチンの効力が上がる前に、どこかでウイルス感染する恐れがある。

【治療】
症状の軽減と体力、免疫力の回復によって、感染症に打ち勝つ
   犬パルボウイルスを直接退治する治療法はない。感染し、発症した犬の様々な症状を軽減し、弱った犬の体力、免疫力を高めて、犬自ら病気に打ち勝つ手助け(支持療法)を行うことが大切だ。
 嘔吐があれば、絶食・絶水させる。激しい下痢で脱水症状や栄養不足がひどければ、点滴で水分や電解質、栄養分を補給する。腸炎が悪化すれば、出血や痛みも甚だしくなる。また、骨髄やリンパ組織が侵されれば、免疫力も極端に低下して、二次感染症も起こってくる。このような状態に対しては、抗生剤や制吐剤の投与をはじめ、輸血、さらには鎮痛剤で痛みを抑える治療も必要だ。痛みが激しければ、心身への負荷が大きくなって衰弱も進み、治療効果も低下する。また、低下した犬の免疫力を高めるために、インターフェロン投与も行われることがある。
 近年、治療法の進歩によって、たとえ感染しても、発症後、まだ症状が重くない間に適切な治療を行えば、恐ろしい犬パルボウイルスに打ち勝つ犬も増えてきた。


【予防】
効果的なワクチン接種プログラムを実践する
   子犬を飼い始めたら、すぐに動物病院で健康診断を受け、適切なワクチンの接種時期や回数について相談することが大切だ。そして成犬になれば、年に一度のワクチン接種を継続する。繰り返すが、要注意なのは、通常、母犬から初乳を通じてもらった移行免疫の効力が弱まる、生後二か月前後の時期だ。幸い、即効性の高い強力な新型ワクチンが開発され、たとえ移行抗体が残っていても、優れた感染予防効果が期待できる。ワクチン接種の普及などで症例は減少しているが、いまだに局地的に犬パルボウイルス感染症が流行することもあり、どこかでしぶとく生き残るウイルスが猛威を振るう可能性もなくはない。愛犬の健康管理とワクチン接種を怠るべきではない。

*この記事は、2004年4月20日発行のものです。

監修/千里ニュータウン動物病院 院長 佐藤 昭司
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