卵巣・子宮の病気にかかる
避妊手術を受けていない、あるいは妊娠したことのない犬が歳をとると、
かかりやすい「婦犬科」の病気がある。
その代表例が、子宮内でひどい細菌感染がおこり、化膿する「子宮蓄膿症」である。

命をはぐくむ「母体」のメカニズム

illustration:奈路道程
 地球上に生命が誕生して四十億年。あらゆる生き物は、この世を生き抜き、子孫の繁栄をはかるために英知を注いできた。その貴重な成果のひとつが、安全な母体内で胎児をはぐくみ(胎生)、生まれた嬰児を母乳で育てる(哺乳)、犬やネコなど哺乳動物の繁殖方法である。
 言うまでもなく、繁殖の主役は雌犬や雌ネコたちである。ちなみに広辞苑の〈め【雌・牝・女】〉の項には、「@卵を生み、または子を孕(はら)む器官をもつ生物」とある。その貴重な「卵」をつくる器官を「卵巣」といい、「子をはらむ」器官を「子宮」という。今回は、この「卵巣」と「子宮」にかかわる病気についてとりあげるが、その前に、卵巣と子宮の絶妙な連携プレイによる妊娠のメカニズムについて簡単にふれよう。
 性成熟した雌犬の卵巣では、脳下垂体から分泌されたホルモン(伝達物質)の指令で卵胞ホルモンがさかんに分泌され、卵胞のなかで「卵」が成長。成熟すると、卵胞から卵が旅だっていく(それを「排卵」という)。ついでにいえば、この「排卵」がおこる時期を「発情期」という。
 排卵がおこると、卵胞は「黄体」となって、妊娠準備をおこなう黄体ホルモンを分泌しはじめる。排卵された卵が、交尾によって体内に入った精子と出会い(受精)、受精卵となって卵管をくだり、子宮に到着。受入れ準備をととのえた子宮内膜に着床し、以後、受精卵は細胞分裂をくり返して胎児に成長する。
 ふつう、雌犬は七カ月周期で「排卵」(つまり発情)をくり返す。この発情期に受精しなかった場合、妊娠準備をととのえた子宮内膜に、細菌感染・繁殖の「隙(すき)」ができるのである。

性周期のはざまに芽吹く「子宮蓄膿症」
   中高齢期の雌犬にとりわけ多いのが「子宮蓄膿症」である。これは、子宮内に侵入した大腸菌などの雑菌によってひきおこされる病気だ。ふだん、子宮内は体の免疫のおかげで、無菌状態にある。
 ところが、雌犬の性周期のなかで、卵巣の卵胞から成熟した「卵」が「排卵」されると、子宮内膜では、受精卵を着床させるために、細胞分裂がさかんになって内膜がぶ厚くなり、受精卵の栄養となる「液」をたくさん分泌するための「子宮腺」が増えていく。この時期、子宮内は、雌犬にとって「異物」である精子とむすびついた受精卵を守るために、免疫機能がいくらか弱くなる。そのとき、子宮内に侵入した細菌がいれば、受精卵の代わりに、免疫力が弱く、さらに栄養分に富んだ子宮内膜にもぐりこみ、繁殖をはじめる。そうなれば、子宮の内膜が炎症をおこし(子宮内膜炎)、さらに化膿がひどくなり、膿がたまっていく(子宮蓄膿症)。この時期、子宮の入り口は、本来なら、内部に入る精子をとどめ、受精卵の着床を助けるために、閉じられている。そのため、細菌と膿を体外に排泄できず、子宮内での炎症・化膿がさらにひどくなるのである。
 もちろん、雌犬が若く元気で体力もあり、免疫力も強く、ホルモンバランスもよければ、たとえ受精しなくても、すぐに子宮蓄膿症になるわけではない。
 歳をへて、中高齢期になると、活力も体力も免疫力も低下する。そうなれば、なにかの機会に膣から子宮に侵入し、子宮内で身をひそめていた大腸菌などの細菌の働きが活発化する場合がある。放置すれば、子宮内膜炎から子宮蓄膿症へと病状が悪化。大腸菌などが出すたくさんの毒素が体内にまわって、腹膜炎や腎炎、肺水腫、さらに腎不全など多臓器不全で一命を落としかねないのである。

「子宮蓄膿症」の症状と治療
   子宮蓄膿症になれば、体内に毒素がまわらないうちに、できるだけ早く外科手術で子宮と卵巣を摘出するのがもっとも確かな治療法である。
 子宮蓄膿症で子宮内に膿がたまりだすと、オリモノがある場合も少なくない(もっとも、二、三割は子宮の入り口がしっかりと閉じていてオリモノが出ない)。また、毒素が体内にまわりだすと、食欲不振や下痢になりやすい。化膿がひどくなると、発熱をともない、水をがぶ飲みすることも多い。さらに膿がたまると、下腹部がふくれてくる。そんな症状に気づけば、すぐにかかりつけの動物病院で、血液検査やレントゲン検査、超音波検査などを受けて、症状を確認。すぐに外科手術で膿のたまった子宮と卵巣を摘出してもらえばいい。万一、高齢で麻酔をかけられない場合など、(卵胞)ホルモン注射で子宮の収縮を促進して膿を体外に押し出す方法もあるが、ホルモン注射をすると、血圧を上昇させ、心臓に悪影響をおよぼしたり、急に子宮がはげしく収縮して破裂する場合もある。十分に注意することが必要だ。
 一般的に、お産の経験がなく、また生理不順などホルモンバランスのよくない雌犬が歳をとると、子宮蓄膿症になりやすい。
 そのほか、卵巣・子宮の病気では、たまに腫瘍になるケースもある。もっとも、雌犬の卵巣腫瘍では、悪性腫瘍、つまりがん化するものはそれほど多くない。また、ふつう子宮筋腫という名で知られる、子宮の平滑筋腫もときにはみられるが、その九割ほどは良性で、悪性の平滑筋肉腫となるのは、ごくわずかである。なお、子宮筋腫が大きくなると、直腸を圧迫して便秘となったり、膀胱を圧迫して、しばしばオシッコをしたりする。おかしいと感じたら、念のため、検査を受けたほうがいいだろう。

*この記事は、2001年9月15日発行のものです。

監修/岸上獣医科病院 副院長 長村 徹
大阪市阿倍野区丸山通1丁目6の1 TEL 06・6661・5407
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