子宮蓄膿症

【症状】
発熱、食欲不振、多飲多尿、オリモノなど

illustration:奈路道程
 子宮蓄膿症とは、大腸菌などの細菌がメス犬の膣から子宮内に侵入して異常繁殖、炎症がひどくなって化膿し、子宮内に膿がたまるほど悪化する細菌感染症のことだ。この病気になりやすいのは、避妊手術を受けていない中高年齢期のメス犬である。
 子宮に細菌感染が起こり炎症がひどくなる、つまり体の免疫システムが働き、異常増殖する病原菌と激しい戦いを繰り広げれば、発熱状態が続く(この体温上昇は約30%の症例に認められる)。また、細菌の毒素による腎臓の二次的な障害によって、犬はたくさんのオシッコをし、水をがぶ飲みし出す。「多飲多尿」である。また、化膿するほど病原菌の勢いが強いと、膿がたくさん子宮内にたまっておなかが膨らんだり、病原菌の毒素が体に回って嘔吐や下痢、食欲不振になったりして、ぐったりすることも少なくない。
 もっとも、そのような症状だけでは、飼い主にはどこが悪いのか見当がつかず、「うちの犬、元気がない、食欲がない、よく水を飲む」ぐらいにしか感じないことも多い。しかし、子宮内にたまった膿、いわゆるオリモノが膣外に出てくるのを発見すれば、「あっ、”婦犬科“の病気だ」と慌てて動物病院に駆け込むことになる(子宮蓄膿症になるメス犬の二〜三割は、子宮の入口がしっかり閉じていて、オリモノが見られないという報告もある)。
 症状がさらに悪化すれば、子宮が破裂して膿が腹腔内に飛び散って腹膜炎を起こしたり、病原菌の毒素が体中に回ってひどい腎臓障害や多臓器不全、敗血症を引き起こして死に至る。子宮蓄膿症は、中高年齢期のメス犬の要注意の病気の一つである。


【原因とメカニズム】
生命を育む性(発情)周期の仕組みと細菌感染
   先に、子宮蓄膿症は大腸菌などがメス犬の膣から子宮内に侵入して引き起こす細菌感染症だと記したが、この病気の背景には、それ以上の、生命を宿らせ、育むメス犬の大切な”性“の役割、機能にかかわる問題が潜んでいる。
 性成熟したメス犬には、普通、七か月サイクルの性(発情)周期がある。卵巣で作られる卵胞ホルモンの働きで、卵巣内の卵胞中で卵細胞が発育して排卵が起こる(発情期)。すると、卵巣内で黄体ホルモンが作られ、その働きによって子宮では内膜を厚くして、受精卵の養分となる子宮乳を分泌する子宮腺を増加させ、受精卵の着床準備を整える。黄体期(発情休止期)の始まりである。
 この時期、メス犬の体は、オス犬の精子を受け入れやすくするために、免疫機能が低下する。また、子宮でも受精卵が着床・発育しやすいように、動きが静かになり、受精卵を守るために、子宮の入口が閉じられる。もし、この時期、大腸菌などの細菌が膣から子宮に侵入すれば、退治されずに内部で生き残る可能性が高いのである。
 避妊手術を受けていないメス犬で、妊娠・出産の経験がなく、ホルモンバランスが悪ければ、子宮内で細菌感染が起こりやすくなる(卵巣や子宮の腫瘍によって、ホルモンバランスを崩した場合も同様だ)。そのうえ、年齢を重ね、体の免疫機能が低下していけば、危険性が増す。なお、細菌が子宮内膜に感染し、炎症を起こす病気を「子宮内膜炎」といい、感染症が悪化して化膿し、子宮内に膿がたまる症状を「子宮蓄膿症」という。

【治療】
対症療法の内科的治療と、根治療法で病巣を切除する外科的治療
   子宮蓄膿症の治療には、内科的治療と外科的治療がある。内科的治療では、細菌の働きを抑える抗生剤を使うほかに、子宮の収縮を活発にさせて膿を排せつさせ、子宮内で細菌の感染しやすい環境を作る黄体ホルモンの働きを止める薬剤を注射する。しかし、これはあくまで対症療法で、細菌を根絶させることは難しく、かなり高い確率で再発するともいわれている。また、薬剤の副作用で、嘔吐やよだれ、子宮の収縮力が強くなり過ぎて子宮破裂したり、心臓への負担がかかったりするので、この治療に際しては、担当獣医師とよく相談することが大切だ。
 子宮蓄膿症の治療法としては、外科手術によって子宮と卵巣を切除するのが最も確実な方法である。特に子宮の入口が閉じたままで、オリモノの出ないタイプの犬は、子宮内に膿がたまる一方で、いつ子宮が破裂して、膿が腹腔内に飛び散るか分からない。また、膿がたまった状態が長かったり、急に症状が悪化してくれば、異常増殖した細菌の毒素が体内に回って命にかかわる状態になりかねない。できるだけ早く症状を発見し、外科的治療を行うことが大切だ。なお、発見が遅れて手遅れ状態になり、手術前に亡くなったり、開腹すると、すでに子宮破裂を起こしていたり、大量の毒素が体に回って、治療のかいなく死亡するケースが、症例全体の5%から10%あるという調査報告もある。

【予防】
若年期の避妊手術と日ごろの健康管理
   子宮蓄膿症の最善の予防策は、避妊手術である。若い時期に適切な避妊手術を受けていれば、当然のことだが、以後、子宮内膜炎や子宮蓄膿症などの子宮感染症にかかる恐れはまったくない。そのうえ、一歳になる前の初回発情前後に、避妊手術をしていれば、乳腺腫瘍の予防に役立つことになる。
 避妊手術をしていない場合は、普段から愛犬の陰部の清潔を心がけることが大切だ(特に、発情期から黄体期〔発情休止期〕の二か月間ほど)。また、年を取るにしたがって免疫力も低下するので、それを補うために、愛犬の心身の健康管理に十分に注意していただきたい。そして、最初に記したような、気になる症状があれば一刻も早くかかりつけの動物病院で診療を受けて欲しい。

*この記事は、2003年11月20日発行のものです。

監修/岸上獣医科病院 副院長  長村 徹
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