心臓病
命の綱、心臓疾患を考える
いかに脳の働きが重視され、また脳死論議がさかんになろうとも、日夜、無言で動物の生命を維持させている心臓の価値は微動だにしない。
犬でもネコでも人間でも、微妙な心、感情の動きは、そのまま心臓の動きに直結する。いわば、命そのものの心臓病について考えてみよう。
監修/東京農工大学農学部獣医学科 教授 山根 義久

いま、犬の心臓疾患が増えている
イラスト
illustration:奈路道程
 妊娠初期、母親の胎内を超音波(エコー)で調べると、トクトクと規則正しく搏動(はくどう)を繰り返す小さな、ちいさな心臓の動きがモニターに映し出される。生命の誕生を実感する一瞬だ。
 以来、心臓は、昼夜分かたず、動物の寿命の続くかぎり、トクトク、トクトク、と働き続けている。激しい運動をしたり、不意の出来事や環境の変化であわてふためくと、心臓も大あわてで搏動する。文字通り、人や犬、ネコたちと一心同体に生きているのである。
 その命の綱の、犬の心臓だが、残念なことに、心臓に毛のはえた人間ほどに強くないという。飼育環境がよくなって、犬も高齢化時代を迎えた現在、弁膜症などの心臓疾患もかなり増加した。それは人間社会の極端な都市化で、室内で飼いやすい小型犬が増えており、その小型犬特有の心臓病が近年、目立ってきたことによる。さらに、獣医学の急速な進歩がある。検査技術も医療技術も格段に高度化して、昔なら生後すぐに天国に迎えられた、犬の心臓疾患が早期発見され、手術治療を受けることができるようになった。
 そして、忘れてならないのが、フィラリアである。蚊を媒介にして犬の体内に入り、脱皮を繰り返しながら心臓をめざす厄介なフィラリアの予防は、確かに普及した。しかし、都市域に比べると、地方で予防薬の定期的使用はそれほど多くない。そのうえ、最初は熱心に予防薬を与えていても、何年か経つと、飼い主の心に隙(すき)ができる。ふと気がつくと、梅雨が終わって夏。「ずうっと飲ましているから、今年はいいか…」。そんな具合に予防の網に穴があく。いつの間にか、フィラリアが体内にはびこり、蝕んで、5,6歳を過ぎてから、手術のできない、手遅れ状態で病院に担ぎ込まれるケースが少なくない。
 そんなこんなで、犬の心臓病が大いに注目を集めているわけである。

夜間、コンコンと咳をしたら要注意
   小型犬、特にマルチーズなどに多い後天性心臓疾患に、僧帽弁閉鎖不全症がある。
 僧帽弁(そうぼうべん)とは心臓の左心室と左心房を分ける弁。それが変形してガチガチになり、機能しなくなる。まだ原因は分からないが、症例の約半数がマルチーズ。5,6歳ぐらいになると、夜半、寝静まったころに、コンコンと軽い咳(せき)をする。それが初期症状である。夕食にあげた魚の骨が喉(のど)にひっかかったのかも、といって、病院に連れて来られて発見されることが多いという。5歳を過ぎたマルチーズで、そんな咳をするようなら、ほぼ僧帽弁閉鎖不全症である。
 先天性心臓疾患には、心室や心房の中隔欠損症や、大動脈や肺動脈弁の狭窄(きょうさく)症、動脈血管の奇形など、複雑な疾患が多い。そのため、病気の発見には、血液検査をはじめ、心電図、心音図、超音波、さらに麻酔をかけ、血管にカテーテルを入れて、血管の内圧やガス分圧を測るなど、高度で多様な検査技術、検査機器が必要になる。近年は大学病院を中心にそれらの検査体制が整備され、また、犬専用の人工心肺を使い、血液を体外循環させ、何時間も手術できる外科技術も確立されて、重い病から解放される犬たちが増えてきた。
 そのほか、最近問題となってきた病気がある。原因不明の心臓疾患である。たとえば、拡張型心筋症などがそれで、欧米などでは大型犬に多発しているという。なぜそうなるのかは分からないが、犬が2,3歳のころ、急に歩けなくなり、やがて死亡する。人間の場合でも、この病気になると、心臓移植をしなければ助からない。ついでに言えば、ネコにも多い。

気楽にのんびり生きるのが最良の薬
   現在は、手術ばかりでなく、薬物療法も進歩した。昔は、心臓病といえば、強心薬を飲ませて、弱った心臓を鼓舞する治療法が一般的だった。しかし、それはだめ。弱っている心臓に負荷、負担をかけないように休息させて、少しずつ回復をはかろうというのが現在の治療方針である。血管拡張薬を飲ませて、末梢血管を広げると、心臓はあまり力をかけずに血液を送ることができる。ムダな動き、余分な仕事を極力減らそうというわけである。さらには心臓の機能を低下させる薬を投与して、心臓そのものを休眠状態に保とうという対策もある。
 だから、心臓病で気をつけなければいけないのは、犬のストレス対策である。症状が重いからと、入院させて集中治療すると、それだけで犬はストレスを高めて、心臓に悪影響が出る。入院ばかりがいいわけではないのは、人間と同じ。重病でも、薬の服用で病状をコントロールできるなら、犬が安心して休養できる自宅療養が一番だ。犬も人も在宅医療が重視される世の中になったのである。
 気楽にのんびり。犬の心臓病対策は、飼い主自身の生き方が問われている、といえるかもしれない。

*この記事は、1995年11月15日発行のものです。



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