消化不良

【消化と吸収】
動物の「命」を支える巧妙なシステム
イラスト
illustration:奈路道程
 愛犬が「食欲がない」「下痢がちだ」「嘔吐する」…。そんな時、飼い主が思いつくのが「消化不良では?」という疑問だ。そのように誰にでも知られる「消化不良」だが、実は何かの病名や症状を表すわけでもない。ただ“消化が不良な状態”ということだ。
 では、「消化」とは何か。簡単にいえば、食べ物に含まれ、生物が生きるのに不可欠な様々な栄養素を、体中の細胞が「吸収」できるように細かく「分解・変化」させる重要な働きのこと。具体的には次のようになる。
(1)犬も猫も人間も、食べ物を口でかみ砕き、食道から胃に送り込む。(2)送り込まれた食べ物は、胃酸などの働きと胃の収縮運動でどろどろに溶かされ、(3)次の十二指腸で膵臓から分泌された膵液と胆嚢から送られた胆汁などの消化液を混ぜられて、小腸に入る。(4)そこで食べ物はさらに細かく液状に分解され、糖質やタンパク質、脂肪などの栄養素となる。ここまでを「消化」という。
 そして、分解された栄養素は、小腸内壁の粘膜細胞から「吸収」される。小腸で吸収されなかった水分やミネラル類は大腸で吸収される。小腸の粘膜細胞から吸収された糖質やタンパク質、水溶性ビタミン類などは門脈から肝臓へ、さらに静脈によって心臓へ運ばれる。また、脂質のほとんどや脂溶性ビタミン類は小腸の粘膜細胞からリンパ管によって胸管へ、そこから静脈に入って心臓へ運ばれる。それらの栄養素は心臓から動脈によって体中の毛細血管へ送られ、最後は無数の細胞に「吸収」されて、様々な生命維持活動に役立てられることになる。
 つまり「消化」に問題が起これば、体を構成する無数の細胞が栄養不足状態になり、やがて犬や猫は成長が止まり、やせていき、いろいろな病気にかかりやすくなる。ひどくなれば、栄養失調で衰弱死しかねない。だから“やせの大食い”というのは、消化不良を補おうとする必死の営みと言えるかもしれない。


【原因とメカニズム】
生活習慣の乱れと消化酵素の分泌不全
  ●食べ過ぎ・胃酸の出過ぎ
 犬が「食べ過ぎ」によって消化不良になるのは、消化許容量をはるかに超える食事量のため、胃と小腸部位で栄養素を十分に分解できないからである。また「胃酸の出過ぎ」の場合は、過剰な胃酸が胃から十二指腸に流入し、膵液に含まれる消化酵素の働きが悪くなり、食べ物が十分に消化できなくなるためだ。
 食べ過ぎた食べ物の内容によって、腸への悪影響も様々だ。肉類、つまりタンパク質を食べ過ぎると、アンモニアなどの窒素化合物がたくさん発生して、腸内細菌のうちのいわゆる「悪玉菌」が増える(下痢や便秘の要因)。穀物やお菓子などを食べ過ぎると、炭水化物を消化した後にカス(有機酸)が出過ぎ、腸内が酸性に傾いて消化酵素の働きが悪くなる。

●食生活の変化・不適切な食べ物・老化
 その他、食べ物の種類が急に変わると、消化に必要な消化酵素のバランスをうまく調整できなくなる。
 また、冷たいものや生のものを与えたり(生食)、幼齢期に牛乳を与えたりしても消化不良を起こす。牛乳は成分の乳糖が分解できないからで、成犬になってもだめな場合もある。さらに老化なども胃腸の働き、消化酵素の分泌にマイナスに作用する。

●ストレス・発熱性疾患・運動不足
 もちろん、ストレスや風邪などの発熱性疾患も、消化に悪影響を及ぼす。ストレスが高まると、胃酸の分泌が増える。熱が出ると、消化酵素の分泌力が弱くなる。
 疲労や運動不足になると、胃腸への刺激も少なく、食べ物を消化するのに必要な蠕動運動が低下しやすくなる。

●膵臓や胆嚢の病気など
 それ以外に、消化酵素がうまく分泌できない病気もある。その一つが「膵外分泌不全」だ。膵臓には、炭水化物や脂肪、タンパク質を分解する消化酵素を分泌する腺房細胞がある。その腺房細胞の90%以上が、膵炎や膵臓がんなどのため、あるいは遺伝的な問題でダメージを受けると、必要な消化酵素を分泌できなくなる。
 また、脂肪を分解しやすくする胆汁を送り込む胆嚢と胆管に胆石や胆泥が詰まったり、炎症を起こしたり、腫瘍ができたりしても問題だ。もちろん、十二指腸や腸管の炎症や腫瘍も、消化に悪影響を及ぼすことは言うまでもない。

【治療】
必要な消化酵素の投与と健康的な生活の実践
   必要な消化酵素をうまく分泌できない病気なら、それに代わる消化酵素などを投与し続けなければならない。しかし、膵臓がんなど悪性腫瘍の場合、発見時、すでに転移していることが多いなど、治癒することは極めて難しい。
 「食べ過ぎ」が原因なら、フードやおやつの与え方を家族みんなで考え直すことが大切だ。言うまでもなく、食べ過ぎると太り過ぎ、肥満体質になる。そうなれば、様々な病気の要因になる。
 あるいは「フードの急な変化」が疑われるのなら、従来のフードに少しずつ新しいフードを混ぜていけばいい。また、高齢化などにより、消化機能に衰えが感じられる時は、年齢や体調に応じて、消化に負担のかからないフードを選ぶようにする。
 「ストレス」なら、まず、愛犬のストレスの原因がどこにあるか、冷静に検討しなければならない。例えば、スキンシップ不足や構い過ぎ。なかには、飼い主が留守にしただけで、食事を摂らなくなったり、下痢したりする「分離不安」気味の犬もいる。そうなれば、愛犬とのつき合い方、生活の仕方をチェックして、分離不安解消のために地道な取り組みをしていく必要がある。
 「運動不足」なら、散歩や遊びなど、愛犬と一緒に活動する機会を増やしていくべきだ。特に運動能力の高い犬種は運動不足が原因でストレスが高まって、体調を崩したり、異常にほえたり、騒いだりすることも少なくない。心身のケアに留意してほしい。

【予防】
愛犬の適切な飼い方、暮らし方を見直す
   これまで述べたように、消化不良の背景に、食べ過ぎやストレス、運動不足など、日常生活の問題が潜んでいそうなら、それぞれの家庭で、あるいはかかりつけの獣医師と、愛犬の健康的な飼い方、暮らし方についてどうすればいいかを話し合い、きちんと実践していくことだ。
 また、消化酵素の分泌に問題がありそうなら、早めに動物病院で検査してもらい、原因を究明して、必要な治療を早めに行うことである。膵外分泌不全などの場合、犬種によっては遺伝的な要因で若い時に発症するケースもある。

*この記事は、2004年6月20日発行のものです。

監修/岸上獣医科病院 副院長 長村 徹
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