腫瘍になる(肥満細胞腫)
「あ、かゆい」と体をボリボリとかくのは、皮膚のなかの肥満細胞が分泌する物質 (ヒスタミン)のせいだ。
その犬や猫の体のどこにでもある肥満細胞が、何かの要因で腫瘍化することがある。

犬の腫瘍で、発症率第二位の「ならず者」

illustration:奈路道程
 皮膚のどこかが赤くはれて、かゆくなる。花粉症で、しきりに鼻水が出る。これは、私たち生きものが、外部から入った「異物」をやっつけようとする作用が強く出たものだ。そのときの主役が、皮膚をはじめ体のあちこちにひそんでいる「肥満細胞」である。虫にさされたり、花粉などの「異物」が体内に侵入すると、肥満細胞がせっせとヒスタミンなどの物質を分泌して、かゆみ、炎症を起こして免疫機能を高めたり、鼻水を出して、「異物」を体外に排出しようとする。
 しかし犬や猫が歳を取って、免疫機能のバランスが壊れたりすると、肥満細胞の働きが過剰になり、肥満細胞が固まりをつくり、腫瘍(しゅよう)化しやすくなる。それが「肥満細胞腫」であり、犬の腫瘍のなかで、乳腺腫瘍に次いで二番目に多い腫瘍となっている(また、犬の皮膚腫瘍の七〜二十一%を占める)。
 肥満細胞は、皮膚のどの部位にも存在するから、どこにでも、肥満細胞腫はおこりうる可能性がある。また、脾臓や腸管などの内臓でも発症するケースもある。ことに犬は悪性腫瘍、いわゆるがん化することが多いので、要注意である。
 なお、猫でも肥満細胞腫は多く、猫の全腫瘍の十五%ほどを占める。また、猫は、顔面にできることも少なくない。ついでにいえば、近年、多くの人びとを悩ましているアトピー性皮膚炎もこの肥満細胞が大きくかかわっているが、人の場合、肥満細胞腫になることはまずない。

変幻自在の肥満細胞腫
   肥満細胞腫には、ある特定部位にはっきりと「しこり」などの固まりができるもの、「しこり」の周辺があいまいなもの、小さな肥満細胞腫が散在していて、はっきりとわからないものがある。皮膚のあちこちにできることもあるから、ふだんから犬や猫の体のケアをよくおこない、少しでも「しこり」があるようなら、動物病院で検査してもらうことが大切だ。もし、肥満細胞腫なら、みだりに「しこり」をコリコリとさわったりすると、細胞がどこかへ飛ぶこともある。また周囲の炎症の状態により「しこり」が大きくなったり、小さくなったりするので、素人判断で、「しこり」が小さくなったと、何週間も放置していると取り返しのつかない状態になりかねない。
 「しこり」の組織の一部を注射針で取り、顕微鏡で調べれば、その「しこり」が肥満細胞腫かどうかすぐに判明する。肥満細胞腫なら、「しこり」が小さいあいだに外科手術でその「しこり」とその周囲三センチメートルほどの範囲を切除する。もっとも、犬の場合、外科手術だけの治癒率は四十%以下(猫で四十%ほど)のため、外科手術のあと、患部周辺の放射線治療をおこなうのがより効果的である。なお、犬の足などにできた場合は、「しこり」の周囲をきちんと切除するのはむずかしい。また、猫で顔面にできた場合は、さらに困難となる。
 脾臓や腸管などに肥満細胞腫ができた場合、どうしても発見が遅れ気味になる。食欲がなくなったり、下痢や便秘などの体調の変化が続くようなら、動物病院でよく調べてもらうほうがよい。いずれにせよ、内臓内の場合、皮膚の腫瘍とちがって外科手術がしにくいケースが少なくない。あるいは肥満細胞腫が大きく、ヒスタミンの分泌がはげしいときは、胃潰瘍になることもある。また、腸周辺の血管が一斉に広がると、脳貧血になってショック状態となるおそれもなくはない。犬の肥満細胞腫は病理検査によって、「未分化型」、「中間型」、「分化型」に分けられる。分化型を除きすべて悪性で、再発や転移は極めて多い。

「小さいときに、大きく取る」のが完治への唯一の道
   悪性腫瘍、つまり、がんは、遺伝子異常などによって、ある細胞が果てしなく分裂・増殖をくり返していく。細胞には、分裂・増殖をおこなうがん遺伝子とその分裂・増殖を抑えるがん抑制遺伝子がある。通常は、その相互作用によって、細胞の分裂・増殖はコントロールされている。しかし、老化や、病気、ケガ、あるいは太陽光線や化学物質など、さまざまな要因によって、遺伝子異常がおこり、細胞の分裂・増殖が止まらなくなる。それが「がん」なのである。だから、愛犬のお腹や足などに、ほんのわずかの「しこり」を感じ、それが「肥満細胞腫」であれば、どんどん増殖して、一カ月もすれば、手術をしても手遅れになるほど大きくなるケースも少なくない。「がんは、小さいときに、大きく取る」。それが完治に到る唯一の方法といえる。日ごろのケアで、早期発見・早期治療を心がけていただきたい。
 なお、肥満細胞腫の直接的な要因は、まだ明らかにされていないが、犬、猫ともに老齢期に多く、老齢病の一つともいえる。なお、猫で顔面に発症する場合、アレルギー性皮膚炎などで炎症をおこす部位にできることが多く、確証はないが、なんらかの関連性を推測する人もいる。いずれにせよ、肥満細胞が過剰に働いて炎症などをおこしやすいところは、それだけ、細胞の遺伝子が傷つきやすくなる。

*この記事は、2002年3月15日発行のものです。

監修/赤坂動物病院医療ディレクター/日本臨床獣医学フォーラム代表 石田 卓夫
東京都港区赤坂4-1-29 tel.03・3583・5852
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