多飲多尿
うちの犬、この頃急に水をガブガブ飲みだして、オシッコもたっぷり。
どこか悪いのかな、と気にかかるときは、迷わず、悩まず、すぐにかかり付けの動物病院に飛び込んだほうがいい。
そんなとき、愛犬の体のどこかでとんでもない病気がひそんでいる場合が多い。
監修/南大阪動物医療センター 院長 吉内 龍策

肥満傾向の犬がガブ飲みすれば、糖尿病
イラスト
illustration:奈路道程
 たくさん水を飲み、たくさんオシッコをする「多飲多尿」の症状を現す病気の代表格は糖尿病である。糖尿病とは、読んで字のごとくオシッコに糖が出る病気だ。
 人間をはじめ動物は食物を食べ、消化し、体内へ栄養を吸収する。エネルギー源となる栄養はグリコーゲンとして肝臓内に貯えられ、必要に応じてブドウ糖として血中に放出。体内の細胞がそれを取り込んで燃料とする。
 そのために血液の中には、つねに糖が含まれる。普通、犬の正常な血糖値は60〜120mg/dlといわれているが、その値が180を超えると問題だ。腎臓は血液の浄化装置で、人体に有害な尿素などを集めて膀胱(ぼうこう)から体外に排泄する。その際、尿中に出ていこうとする有用な栄養素や水分を再吸収して体内に還元する。もちろん、糖もそうだ。しかし血糖値が180を超えると、糖は再吸収しきれず、尿中へ漏れ出てしまう。血中の糖分が増えると、血が粘ってくる。犬は無意識に血液の糖分を薄めようとさかんに水を飲む。飲み水が増えれば尿も増え、体外に排出される糖分も増える。そこで犬の臓器や筋肉、皮下脂肪でも一生懸命糖をつくって、間に合わせようとする。自然、食欲も増えるが、やがて体は糖分製造器のようになって貴重な糖を無限につくり、体外に排出してやせていく。放っておけば、膵臓(すいぞう)から出るインシュリンが枯渇して、糖の体内調整が効かなくなり、ついには飼い主が毎日注射でインシュリンを愛犬に射ってやらないと生きることができなくなる。
 問題はそれだけではない。脂肪から糖をつくるとき、グルコースとともにケトンという物質がつくられる。このケトン物質がくせ者だ。少量なら尿とともに排出されるが、多くなれば血液中にたまって血が酸性化し、体調が悪化して食欲が落ち、水を飲むこともできなくなる。こうなれば、後がない。
 肥満傾向の犬が突然水をガブ飲みしだすと、まず糖尿病を疑ってみる。早ければ、低カロリー・高繊維質の食物を与えて体重を落とし、体が必要とするインシュリンの量を下げ、自力で糖尿病を防ぐことができる。幸い、犬は(人間と違って)飼い主が食生活を全面的にコントロールできるので、獣医師と相談して科学的な減量作戦を行うことができる。例えば、体重5kgの太った小型犬がわずか1ヵ月で1.5kgやせて、血糖値が正常にもどるケースもある。

老犬に多い慢性腎不全
   年老いた愛犬が多飲多尿の症状をしめすようになれば、まず注意すべき病気は慢性腎不全である。腎機能が低下すれば、体に有害な尿毒素が血液の中に残ったままになる。やがて体中の細胞や臓器に尿毒素が回り、吐き気がひどく、食欲が落ち、口内や腸粘膜がただれ、脳を侵す。尿毒症の典型で、一命にかかわる事態である。あまり水を飲まないネコの場合は、脱水症状をおこすのでわかりやすいが、犬の場合は多飲多尿で血中の尿毒素を薄めようとするので、血液検査をしても発見が遅れることもある。一見元気そうだけど、急に水をガブ飲みしだした、という段階で治療に専念しなければ症状が悪化して手遅れになる。静脈点滴にしろ、透析にしろ、終わりのない治療がえんえんと続く無限の地獄が待っている。
 初期の段階で気づけば、尿素の元となるタンパク質の制限食に切り替えて、尿毒素の量を減らして腎臓の負担を軽減すること。そして、カプセル状の経口炭素吸着剤を毎日飲ませて、消化器内で尿毒物質を吸着させ、ウンチとともに体外に排出すること。また、最近ではACE阻害薬という元来は心臓病の薬であるが、その血圧調節作用が腎不全の進行を遅らせることがわかってきて、これらの治療を総合的に実行することで、腎不全の進行をかなりくいとめられるようになってきた。
 腎臓は、血液の浄化に必要な腎機能の4倍の能力を備えている。つまり腎臓の4分の3が機能しなくなった段階から、腎不全の兆候が現れてくる。残された腎機能をいかに大事に、長く使っていくかがポイントである。

雌犬が水をガブ飲みすれば、子宮蓄膿症
   年老いた雌犬、それも避妊していない犬が多飲多尿の症状をしめす病気に子宮蓄膿症がある。高齢化すると、ホルモン異常その他で生殖器官の疾患も目立ってくる。例えば卵巣の異常、あるいは発情中、子宮に雑菌が入って感染症をおこしたりして、子宮蓄膿症になるケースが多い。犬の場合は、頸管(子宮から膣への入口)が丈夫で固く閉じているために、感染症をおこすと、ウミがオリモノとして体外に出ず、子宮内部にたまっていく。ひどくなると、ふだんは小さな子宮がパンパンに膨らんでしまう。ウミのたまった子宮が破れれば急性腹膜炎であの世へ行く。
 しかし犬は子宮内にウミがたまっても、外見上、それほど変わらないために飼い主は見過ごしがちになる。しかし子宮蓄膿症になれば、犬は必ず多飲多尿となる。そのメカニズムはこうだ。腎臓は、生涯、ひたすら血液を浄化し、尿をつくって体外に排出する。しかしそれでは、動物はあっという間に脱水症状になる。そこで体内の抗利尿ホルモンが腎臓の利尿作用を抑制して、オシッコの量をコントロールしている。ところが子宮蓄膿症になると、バイ菌のつくる毒素(エンドトキシン)が子宮壁から体に吸収される。悪いことに、この毒素が抗利尿ホルモンの働きを止めてしまう。そのため、腎臓は無制限に尿をつくり、排出する。だから犬は脱水状態を防ぐためにひたすら水を飲む。正確にいえば、多尿多飲である。ウミのたまった子宮を摘出しないと治らないのである。
 他にも、さまざまな疾患で多飲多尿が見られるが、総じて、人間風に言うならば、成人病、婦人病の大切な指標ということができるだろう。

*この記事は、1997年1月15日発行のものです。

●南大阪動物医療センター
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