ウイルス感染症にかかる(犬ジステンパー)
いったん感染・発症すると、狂犬病に次いで致死率が高いといわれるこわいウイルス感染症が、犬ジステンパーである。

犬ジステンパーウイルスとは…

illustration:奈路道程
 犬の病気のなかで、古くからよく名前を知られているのが「犬ジステンパー」である。かつては、急性で、きわめて致死率の高いウイルス感染症として世界中で猛威をふるってきたが、一九六〇年代に予防ワクチンが開発され、以後、ワクチン接種率が高まるにつれて、感染・発症・死亡する犬たちも激減した。しかし、現在でも、ワクチン接種期前後の子犬たちを中心に、このウイルスに感染して、死亡することもめずらしくない。犬にかかわるウイルス感染症のなかで、狂犬病を別 格とすれば、パルボウイルスとともに最も要注意なものの一つである。
 病気の話に入る前に、犬ジステンパーウイルスについてふれてみよう。  ウイルス学的なむずかしい分類や名称は省略するが、犬ジステンパーウイルスは、古来、人類を悩ませてきた麻疹(はしか)ウイルス、ヨーロッパや中東、アフリカなどの牛たちが大被害にあってきた牛疫ウイルス、ニワトリなど鳥類に感染するニューカッスル病ウイルスなど、人や家畜、野生動物を苦しめてきた悪性ウイルスの一族である。
 さらに問題なのは、犬ジステンパーウイルスが犬やキツネ、タヌキなど犬科動物だけでなく、フェレット、ミンクなどのイタチの仲間、アライグマやパンダ、レッサーパンダ、さらにはアシカ、アザラシ、オットセイなどの海獣類やイルカの仲間、 はてはライオン、トラ、ヒョウなど大型猫科動物にいたるまで、多数の動物たちの 「天敵」のような存在という事実である。
 一九八七年にシベリアのバイカル湖で発生したバイカルアザラシの大量死も、原因は、湖周辺で犬ジステンパーで死んだ多くの猟犬の死体を湖に捨て、それをつついたバイカルアザラシが感染した結果 。また、その翌年、北欧の北海・バルト海でアザラシが大量死した出来事も、犬ジステンパーウイルスの変異株のしわざという。

ウイルス感染と発症パターン
   感染した犬の出す、ウイルスがひそむ唾液、鼻汁などの飛まつ、ウンチやオシッコなどがついた自分の体などをなめた犬がウイルスに感染すると、一週間前後で体中のリンパ組織にウイルスが侵入。体の免疫をつかさどるリンパ球(白血球)が破壊されて、免疫力が低下し、細菌感染がおこって肺炎や腸炎などが悪化していく。さらに、 ウイルスが脊髄や脳の神経細胞に侵入し、ひどい麻痺(まひ)や痙攣(けいれん)発作などをひきおこし、通 常、感染後、一カ月半ほどでほとんどが死亡する、恐ろしい病気が犬ジステンパーウイルス感染症である。
 感染後、四〜七日すると発症して発熱などの症状が出る。ちょうどウイルスの排泄が、感染後、七日前後から始まるから、感染後、発症して体調をくずし始めた犬が散歩や通 院などで出歩いたとき、あちこちにまき散らした唾液や鼻汁、オシッコやウンチが、ワクチン未接種の子犬や、初回ワクチンを接種したばかりで、犬ジステテンパーウイルスへの抵抗力が弱い(抗体価が低い)子犬たちの体につき、それをなめたりすれば、ウイルスは容易にほかの犬の体内に入ることになる。
 感染・発症の初期に病気の確定ができても、いったん発症すれば、抗生物質で細菌の二次感染をおさえたり、ネコ用のインターフェロンなどを投与して低下した免疫力の回復をはかったり、食欲のない犬に点滴して栄養を補給するぐらい。脳や脊髄の神経細胞が侵されて麻痺や痙攣発作がひどくなれば、せいぜい発作をやわらげる薬を投与するぐらいで、病気を根本的に治す手段はない(まれに、自然治癒する犬もいるが、麻痺や痙攣などはそのまま残ることが多い)。
 さらに厄介なことがある。それは、近年、従来型の、発熱・咳や鼻汁・目やに・下 痢・食欲不振から麻痺や痙攣へ、という発症パターンとは違い、いきなり麻痺や痙攣 発作などの神経症状を表すケースが増えてきたこと。また、ウイルス検査や抗体価検査などの検査結果 だけでは、ウイルス感染しているかどうかが不明なケースが増えてきたことである。

ワクチン予防と注意点
   結局、いかに犬ジステンパーウイルスの感染を防ぐか、である。
 まず言えるのは、新たな子犬を飼いたくても、衝動飼い(買い)せずに、母犬・子犬ともに元気でウイルス感染の心配のない子犬を選ぶこと。そして、動物病院で事前に相談して、ワクチンの接種時期や回数、接種前後の注意点などを学び、実践することが大切だ。
 たしかに現在、飼い犬へのワクチン接種率は高まってきた(正確な数値は不明)。 しかし、かの狂犬病の予防ワクチンの接種率も、日本国内の登録犬数の七十五%前後で、実質一千万頭前後とも推定される国内の犬たちの総数の半分以下だから、単純に類推して、ワクチン未接種の犬たちはかなり多いにちがいない。
 だから、体力も免疫力も弱く、ワクチン未接種の子犬たち、また、接種回数が少く、しっかりとウイルスへの抗体ができていない子犬たちが、どこかで、この感染力の強い犬ジステンパーウイルスに感染する可能性がある。また、ワクチン接種した犬のなかにも、個体差によって、ウイルス感染を防ぐのに十分な抗体ができていないケースもあるかもしれない(ワクチンの感染予防力は百%ではない)し、現在のワクチンが対象とするウイルス以外の変異株が生まれていないともかぎらない。
 そのうえ、はじめにふれたように、このウイルスは犬科動物以外にも、多くの野生動物たちに感染するため、従来のワクチンが効きにくい変異株のジステンパーウイルスが野生動物から家庭犬に感染する恐れもある。くわしくは、かかりつけの動物病院でたずねてみてください。

*この記事は、2002年5月15日発行のものです。

監修/戸ケ崎動物病院 院長 諸角 元二
埼玉県三郷市戸ヶ崎2丁目160-4 TEL 0489・55・8179
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