痛くて足を引きずる
大型犬に多い「骨肉腫」
大型犬が足を痛がったり引きずったりしていたら、骨肉腫の可能性も。
進行が速く転移しやすい病気なので、「歩き方がおかしい」と思ったらすぐに動物病院へ。

【症状】
歩行異常と激しい痛み

イラスト
illustration:奈路道程

 骨肉腫とは、骨にできる悪性腫瘍(がん)の代表である。いったん発症すると、進行が極めて速いうえに転移しやすく、痛みが激しい。特に大型犬の前足(前足首に近い前腕骨先端や肩に近い上腕骨先端)、あるいは後ろ足にできやすい。その他、アゴの骨などにできることもある。
 だから、大型犬の愛犬がどこかの足を引きずるように歩いたり、足をなでると急に痛がったりすれば、「ひょっとして骨肉腫では?」と疑い、動物病院で診察を受けたほうがいい。症状が出始めた時は、肺などに微小な転移を起こしていることが多い。放置すれば、痛みが激しさを増し、足が腫れ、骨に穴が開き、また肺の具合も急激に悪化して、診断後わずか100〜160日で亡くなるケースも少なくない。
 もっとも、骨にできる腫瘍は、犬の腫瘍の中では少数派だ。例えば、2003年までに麻布大学附属動物病院で腫瘍(良性、悪性を含む)と診断された症例4927例中、骨の腫瘍は157例。ところが、その中で骨肉腫は8割強と断然多くなる。犬種でいえば、症例のトップがゴールデン、次いでグレート・ピレニーズ、ラブラドール、シェルティ、シベリアンハスキー、ボルゾイ、ジャーマンシェパードの順となる。中にはシー・ズー、柴犬などもいるが、約8割が中・大型犬。大型犬の飼い主は特に注意が必要というわけだ。
 また、発症した犬の平均年齢は7歳前後だが、元気盛りの2歳ごろに発症する犬も少なくない。骨肉腫は一筋縄ではいかない難病なのである。
 

【原因とメカニズム】
骨の急速な「成長」の裏に潜む落とし穴
 
 なぜ、大型犬に骨肉腫が多いのか。
 大型犬とは、体重数百グラムで生まれ、わずか1年で数十キロにまで育つ成長の速い犬だ。当然、体の基本となる骨格の成長力もすさまじい。
 例えば、骨肉腫のできやすい、四肢を構成する上腕骨・前腕骨(前足)や大腿骨・下腿骨(後ろ足)などの長管骨は、骨の両端に成長軟骨板があり、そこから骨の細胞が分裂して成長していく。当然、急速に成長する大型犬の長管骨の両端は、細胞分裂の回数が多くなり、傷ついた遺伝子を持つ細胞もできやすい。
 よく知られるように、細胞の遺伝子には、「がん遺伝子」と「がん抑制遺伝子」があり、その微妙なバランスの中で細胞分裂を繰り返し、正常な細胞が成長し、がん化しやすい異常な細胞が排除される。ところが、大型犬のように、傷ついた遺伝子を持つ細胞ができやすいと、単にがん細胞ができやすいだけではなく、がん遺伝子とがん抑制遺伝子のバランスが崩れた細胞ができやすいとも考えられる。そうなれば、がん細胞が生き延び、がんに育つ可能性も高くなる。
 そのうえ、成長期の大型犬が激しい運動などをすれば、まだ緻密でない四肢の長管骨の両端部に微小な骨折が起こりやすい。そのような骨折部位が治癒する過程で繰り返される細胞分裂によって、がん細胞が生まれ、育つ可能性も高くなる。
 他にも問題が潜んでいる。上腕骨・前腕骨や大腿骨・下腿骨などの長管骨は、内部が空洞で骨髄が詰まり、血管が通っている。つまり、がんが増殖し始めれば、がん細胞が血流に乗って肺などに転移しやすいのである。

【治療】
患部を切除する外科療法と、転移したがん細胞を退治する化学療法
 
 骨肉腫は悪性度が高く、発症すれば転移しやすいため、症状が現れ、骨肉腫と診断された時点で肺に転移していることがほとんどだ。だから、治療も根治することは非常に難しく、症状を抑え、苦痛を減らし、愛犬が少しでも安らかに、少しでも長く生きられる「対症療法」を実践していくことになる。具体的には、骨肉腫の治療と転移したがん細胞の治療、そして、患部のひどい痛みを取り除く治療である。
 転移性の強い骨肉腫の治療は、外科手術で患部を切除するのが一般的だ。その一つは、発症した足を、前足なら肩口から、後ろ足なら股関節から切断する方法だ。断脚すれば、再発の可能性はないし、激烈な痛みをなくすことができる。犬は四足歩行のため、三本足となっても、それほど歩行の妨げにはならない。
 もう一つは、骨肉腫の部位だけを切除する「患肢温存術」で、切除した部位に骨移植する。アメリカの一部の大学には「ボーン(骨)バンク」があり、同じような体格の、亡くなった犬の骨格から移植できる。手術に成功すれば、日常生活にほとんど問題はない。ただし、骨の癒合部位に感染症が起こったり、再発したりするケースがある。
 その他、患部を切除せず、放射線治療を行うこともある。ただし、骨がもろくなって骨折しやすく、痛みの軽減も断脚に比べればそれほど長く続かないことが多い。
 断脚や患肢温存術などの外科手術ののち、転移したがん細胞を退治するため、抗がん剤による化学療法を行う。現在、効果的な薬剤があり、予後、1年以上生存できるケースも少なくない。ちなみに、骨肉腫の診断後、無治療の場合、1年生存率は10%前後。それが患部を切除し、抗がん剤の投与を続けると、1年生存率は50%前後にまで高まる。
 犬の1年は人間の5年ほどに相当する。ことに小型犬より寿命の短い大型犬にとって、病苦の少ない、“質”の高い生活を1年続けることの意義は、わたしたちが考える以上に大きいといえる。

【予防】
成長期の大型犬に過激な運動や過剰な栄養を与えない
 
 先に述べたように、骨肉腫は、特に大型犬の成長期に発症の芽が潜んでいるといえそうだ。だから、成長期にあまり過激な運動をさせず、太り過ぎに注意することが大切だ。といって、栄養不足や運動不足になれば、心身の健全な発達が妨げられ、他のいろんな病気やケガに悩まされやすくなる。
 確かに骨肉腫は大型犬に発症しやすいが、犬の腫瘍の中では、かなり症例の少ない病気である。むやみに恐れず、万一、愛犬が足を引きずるなどの変な歩き方をしたり、激しい痛みを感じたりしているようなら、すぐに動物病院で検査を受け、もし骨肉腫にかかっていれば、一刻も早く適切な治療を行うこと。そして、少しでも長く、苦痛の少ない生活を過ごすために、できる限りのことをしてほしい。

*この記事は、2005年8月20日発行のものです。

監修/麻布大学 獣医学部助教授 信田卓男
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