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群の中で暮らす犬たちの素晴らしさにひかれて。 信州の八ヶ岳山麓・長野県南牧村で「犬の牧場」をひらく 川股昭彦さんにインタビューしました。 |
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何十頭もの犬たちと自由に遊ぶ人たちの 笑顔に支えられて 私はゴールデンなどの大きな犬が好きで、以前から何頭も飼っていたんですが、犬たちを広いところで遊ばせたくて、八ヶ岳山麓の土地を借りました。ところが、このあたりは観光地でいろんな人がうちの犬を見に寄ってくる。それなら、「犬の牧場」をひらいて、いくらかにでもなればいいかな、と考えて、六年前、最初、いまとは別の場所で、十六頭の成犬と八頭の子犬で始めたんです。 その年の夏、多い日には何百人も来てくれる。「いくらか」どころじゃなくて、驚きました。夏一カ月、忙しいなかで暮らしていると、これから先もお客さんが来てくれると、錯覚するんです(笑)。でも秋になって徐々に減っていって、冬になるとどうしようもない。でも、二年目の冬までは、それでもどうにかなると思ってました。 しかし、八ヶ岳では、冬が六カ月続きます。夜は気温が零下十何度だから、犬舎は灯油ストーブをたやせない。それが毎日三十六リットル。フードも質を落とすと、毛づやが悪くなるから、落とせない。結局、一冬で何百万も借金ができました(笑)。さいわい、まわりの人たちがいい人ばかりで、なんとかやらしてもらっているうちに、これで六回目の冬を越すことになりました。 いま、一万八千坪の牧場に犬が六十頭。五月になると新芽が吹き、夏場は、草や木が緑で、ほんとにいいですよ。ここに来て、広い牧場で何十頭もの犬たちと自由に遊んで、喜んでいただく人たちの笑顔が支えですが、やはり、欲得抜き。欲得を骨抜きにして、腹くくってなかったらできないです。夜逃げだってできないでしょ、これだけの「家族」がいたら(笑)。 |
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私たちが思う以上に、 犬は、飼い主のことを思っています 何十頭の犬たちといつも一緒に暮らしていると、一頭飼いではわからないことをいくつも発見します。私がいちばん感動したのは、牧場のなかで車を走らせたときです。 窓からふり返ると、車のうしろから何十頭もの犬たちが、ごく自然に扇型にひろがって追いかけてくる。ハンドルを右に切ると、その形のまま右へ、左に切ると、左へ。ちょうど投網をかけられたみたいで、どうしても逃げられない。この犬たちは何十世代、何百世代前からそんな狩りをしたことがないはずなのに、本能として、群れで狩りをするやり方が血のなかにあざやかに残っている。それが、いつでもスタンバイOKで、出てくる。すごいものだな、と思いました。 あるいは、ある犬がほえたり、ケンカしたりすると、その犬をおこりますね。それが、どこか別の場所でおこっても、ほかの犬たちがちゃんと知っていて、おとなしくなる。だれか来てもそうです。あっという間に、全員に伝わっている。だから、よく「どうやってこれだけの犬たちをしつけたの」と聞かれますが、何頭かの犬をきちんとしつけさえすれば、すぐみんなに伝わるんです。私が一頭の犬をおこったとき、まわりの犬たちの眼を見ると、みんながそろってあまりにも真剣に私を見てるから、思わず笑いたくなってしまいます。 とにかく、犬は、私たちが思う以上に、いつも、いつも飼い主のことを思っています。飼い主がいないと、生きていけないことを本能レベルで知っているんでしょうかね。 お客さんのなかに、いわゆるペットロスでがっくり落ち込んでいる人もいるんです。愛犬を亡くした悲しみの大きさって何かな、と私、考えたんですが、それは、そのまま飼い主に対する犬たちの思いの深さ、大きさじゃないかな、と。 *この記事は、2000年3月15日発行のものです。 |
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