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描いていて、感情の世界にまで深く入りこんでいくのは、猫ですね 『ビッグコミックスピリッツ』表紙の、のどかで愛らしい犬や猫の絵で有名な イラストレーターの村松 誠さんにインタビューしました。 |
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彼らの生き死にを体験してると、 猫も同じ時代を生きてる同志っていう感じがして 僕は、静岡県藤枝市の街道筋の商店街をすこし入った和菓子屋の次男坊なんです。実家が商家で食べ物をあつかっていて、小さいとき、犬や猫は飼えませんでした。東京へ出てきて、結婚して、子どもが生まれて、三十すぎてからでしょうか、動物中心の仕事になったので、猫を飼いはじめたんです。 初代の猫は永くて、亡くなってから二代目が来て。でもその子は最初から病気をもっていた。入院したり、自宅で介護したり、できるだけのことはしたんですが、ダメでした。その後、一年ほど飼わなかったんですが、やはり、仕事柄ですかね。まわりの人が絵を観て、「最近、猫、元気ないけど、どうしたんですか」って。もちろん、資料を見たり、取材したり、自分の世界のなかでデフォルメーションして描くんだけど、ちょっとした仕草とか、微妙なところで、日常接しているといないとでは、ちがうのかな、と。 そんなこともあって、じゃ、モデルに使えそうな猫という条件で、きょうだい二匹もらってきたんです。こっちの三毛が雌のミュウちゃん、この前(8月20日号)の『ビッグコミックオリジナル』表紙の、京の「夏座敷」で昼寝している猫がこの子です。こっちのキジトラの猫が雄のカイちゃん。家族がかわいい名前をつけたので、ひとに名前を言うの、ちょっと恥ずかしいんですが(笑)。 僕、ずっと猫たちの写真を撮っていますから、たまには前の子猫の写真をとりだして描いたり。そうすると、もう、その子は、僕の意識の中では生きてるっていうことですね。 とにかく、最初は「ペット」という感じで飼いはじめたんだけど、彼らの生き死にを体験してると、猫も同じ時代を生きてる同志っていう感じがして。小さい猫だけど、苦しみにじっと耐えてる生き様や死に様を見ていると、すごく立派で、教えられるところがありますね。 犬は、こちら側にご主人様がいて、 なにか訴えかけてるような絵が多いですね 二十代のころは、動物だけじゃなく、いろんな絵を描いていたんですが、三十すぎて、動物の絵が評価されて、小学館の『ビッグコミックオリジナル』の表紙の仕事を担当するようになりました。それからです、動物の絵が中心になったのは。 僕の絵はあーいうタッチですから、表紙イラストを月に二本描くの、けっこう時間がかかります。それに毎月ですから、季節感が必要なんです。実家の和菓子屋は、五月には柏餅、夏には水羊羹、と季節感を大事にする商売ですし、昔から木一本描くのも、山の風景や木の色や形など季節感を意識して描いてきました。それに、僕、写真家の浅井慎平さんが主宰する「東京俳句倶楽部」で俳句をやっているでしょ。俳句には季語があるから、いつも無意識に森羅万象のことを考えている。それがずいぶん役に立ってますね。 でも、絵に季節感をもたせると、昔描いていた象や犀を描いてるわけにはいかなくて、どうしても人の文化圏に密着している犬か猫になるんです。もしくは、日本にいる狸や狐とか。そんなわけで、犬と猫の絵が多くなったんでしょうね。それに取材しやすいでしょ。とくに猫は家にいつもいるし、このあたりを散歩してる犬を取材したり、テレビ観てても、バンダナしてる犬がかわいかったりすれば、すぐスケッチしたりしています。 絵のなかの犬と猫のちがい、ですか。描いていて、精神性というか、感情の世界にまで深く入りこんでいくのは、猫ですね。ほんとは何も考えていないかもしれないけど、猫は、自分の世界があって、そこで自立して生きているイメージがある。結果として、猫の表情や佇まいがそういう絵柄になることが多い。 でも犬は、必ずこちら側にご主人様がいて、それに向かって何か訴えかけてるような絵が多いですね。たとえば、砂浜に犬がいたら、そばにフリスビーがあったり、小さなボールを置いてみたり。猫のように、単体で、ぼんやり自然のなかにいるというのが、犬にはあまり似合わないような気がします。 *この記事は、2001年9月15日発行のものです。 |
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