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寂しさや哀しみにみちた人生を分かちあってくれるのが、猫や犬 猫好きの人びとの、猫との出会いと別れをつづった『猫への詫び状』の著者、 香取彰子さんにインタビューしました。 |
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自分の無知、無理解でこの子に つらい思いをさせたくないから 私のうちは、家族みんなが大の動物好きで、最盛期には猫が14匹もいる「猫屋敷」でした。私が子どものころは、家業の宝石店の中を看板猫がうろうろしていて、猫好きの郵便局員が、配達で前をとおりかかるたびに、「猫をなでさせてください」と入ってきたりしていました。 私が出版社に入って婦人誌の編集の仕事を始めてまもなく、最後の猫が亡くなりました。いまではその考えは間違っていると思うのですが、「死ぬとかわいそうだから」と、それから長い間、猫を飼いませんでした。 ところが、会社を退職して、編集プロダクションを立ち上げた十一年前、自宅近くの公園で、目やにと鼻水だらけの子猫を一匹見つけました。それがタマです。私はその時、取材先へ向かうところだったのですが、アポの時間を遅らせてもらって、動物病院に連れていき、十日ほど入院させました。その間、あちこち里親探しをしたんですが、しだいに情が移ってしまい、この子を里親のところに連れていって、「じゃ、お願いします」と置いてくることを想像しただけで、涙、なみだ…。それに里親候補は年配の人が多くて、うちではお刺身をあげるとか、外へ自由に出すとか言うんですけど、それが猫の健康と安全にとってよいことだとは思えなかった。私ならもっと大事にして、幸せにしてあげられると思ったので、うちで飼うことにしました。 自分の無知、無理解でこの子につらい思いをさせたくないと、それから猫の習性や生態、心理、病気など、一生懸命勉強して、ついに愛玩動物飼養管理士1級の認定を受けるまでになりました。とにかくタマを幸せにしてあげたい。それからタマと同じような猫や犬がかわいそうな目にあうのは見過ごせないと、動物愛護団体のサポーターとして活動したり。やはり、かぎりなく広がっていくわけです、愛は(笑)。 そんなとき、阪神大震災が起きました。被災地で犬や猫が飼い主と生き別れたり死に別れたりしていると新聞やテレビの報道で知って、登山用のリュックサックにペットフードをいっぱい詰めて、動物救援ボランティアとして出かけました。 被災しているおおぜいの飼い主さんたちに会って、話を聞いたんですが、もらい泣きするばかりでした。被災動物たちの状況を多くの人に伝えようと、ある新聞の都内版に報告記事を寄稿しました。それを見た新潮社の月刊誌『シンラ』の編集長から電話がきて、追加取材して、同誌に記事を書くことになりました。それからです、猫や犬にかかわる仕事を始めたのは。 別れるのはつらいけど、 猫や犬と一緒に暮らしたほうがいい 人類は地球に無数に生きる生物のひとつにすぎないことを私たちに忘れさせないでいてくれるのが、四千年から一万年もの昔から人と暮らしてきた猫や犬だと私は思います。猫や犬は、人を謙虚に、やさしい気持ちにさせてくれます。いとおしい、小さな命、一生懸命に生きている命…。 行政の方によく取材するんですが、「自分たちは公僕なので、猫や犬の嫌いな人の立場も尊重しないと…」と言われることがあります。それなら、私は年寄りが嫌い、とか、子どもが嫌い、だから排除してほしいと言われたら、どうするのでしょう。生きている者、命ある者は、人でも猫でも犬でも、みんな生きる権利がある。好き嫌いで排除するというのは、今度のテロや戦争みたいにおそろしいことにつながるような気がします。 ところでいま、私のいちばんのテーマが「ペットロス」です。うちのタマも十一歳。猫や犬の寿命はわずか人の五分の一ですから、どれほど愛情をそそいでいても、「そのとき」はかならずやって来ます。生きていても、病気になって病院通いをすることもあるし、高齢になって介護が必要になることもある。それでも一緒に暮らしたいと思うのは、ひとつの「命」と寄り添って生きる喜びがあるからです。 傷つきたくないから友だちもいらない、だれも愛さない、自分ひとりで生きるんだという考え方もあるかもしれないけど、せっかく生まれてきた人生、人でも猫でも犬でも愛したほうがいい。死に別れるのが哀しいからと飼わないのじゃなくて、一緒に暮らしてみよう、愛してみよう、命を見守ってみよう、と。寂しかったり、悲しかったり、泣いたりすることもあるけど、それも人生でしょ。そんな人生を一緒に分かちあってくれるのが猫や犬かな、と思います。 *この記事は、2001年11月15日発行のものです。 |
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