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動物をめぐる人びと
 
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人間の優しさは、匂いの強い花みたいに遠くまで匂うから、
動物でも好きになるのかもしれない。

田辺 聖子さん (作家)
1928年、大阪市生まれ。
樟蔭女子専門学校国文科卒業。戦後の苦しい生活のなかで創作活動を始め、軽妙な大阪弁による人生の機知あふれる小説やエッセイで人気を博す。以後、評伝や古典の口語訳など多方面な分野で活躍。64年『感傷旅行』で芥川賞受賞。87年『花衣ぬぐやまつわる……』で女流文学賞、93年『ひねくれ一茶』で吉川英治文学賞、98年『道頓堀雨に別れて以来なり』で読売文学賞などを受賞。今年5月、集英社から『田辺聖子全集』刊行開始。

愛犬「マルグリット」、通称マルちゃん

 わたし、子どものころから家に犬がいましたの。家は大阪市内の写真館で前が電車通りなので、よく市電にひかれました。でも、親は子どもに言えないから、「どうしても欲しいという人があって…」と。わたし、怒って、「連れ戻してきて」って。そしたら、うちの若い見習技師さんが、近くの堂島大橋の下から別の子犬を連れてきてくれて、慰められました。しかし戦争が激しくなり、写真館が空襲で焼け、ペットどころではない暮らしでした。

 昭和四十年代に結婚して神戸に住んだのですが、そこは犬より猫。おっちゃん(亡きご主人のこと)が結婚しようと言い寄って、「お酒一緒に飲みたいねん」。わたしが「お酒飲む相手なんて誰だっているやない」って言うと、「わしとこへ寄って来るの、猫だけや」。かわいそうやなと思って結婚したんですが、今から思うと、うまい口説き文句やな、と(笑)。

 伊丹市に住んでから犬を飼いだして、「マルちゃん」で二代目です。初代のポパイはやんちゃくれでしたが、マルちゃんはおとなしい、深窓の令嬢みたいな子。ここに来てもう二年ぐらいになるかしら。この家は、働いているの、女の人ばかりで、ペットみたいに大事にされてたおっちゃんが死に、みんなしょぼんとしたから、「新しいペット、飼おうよ」と(笑)。

 古典文学にも犬や猫が出てきます。例えば『源氏物語』には、柏木衛門督が女三の宮にほれて、彼女のお手許にいる猫を、うまいこと言うて自分のものにする話があります。『枕草子』には、天皇ご寵愛の猫を追いかけて男たちに打たれ、犬島に流された「翁丸」という犬の話があります。翁丸は、その後、よれよれになって帰ってきて、女官たちが「かわいそうに」と涙をこぼす。こんな話が千年も書き伝えられ、みんな喜んで読んでいたのは、日本人って心の奥底は愛情深くて、ずっと昔から犬や猫が大好きだったんでしょうね。

 それから江戸時代の俳諧師・小林一茶の句に〈寝た犬に ふはとかぶさる 一葉かな〉というのがありますが、わたし、一茶みたいに、動物に深い愛情をもった人って知らない。それは、人間に絶望したからかも…。

 一茶は信州の農家に生まれ、継母に育てられ、十五歳で江戸に出て悲惨な奉公生活を送りました。以後、貧しい俳諧師として、五十過ぎまで水洟すすりながら旅から旅へと渡り暮らし、自分では才能があると自信はもっていても、社会的には認められないままでした。だから、動物しか自分の理解者はいないような気がしてたんでしょうね。

〈雁わやわや おれが噂を いたすかな〉

 一茶は、雁が鳴いても、烏が鳴いても、自分に声をかけてくれてると思うのね。そして、人の愛情に飢えている人には、動物たちはちゃんと寄ってきてくれ、優しい気持ちを敏感に察してくれる。きっと、人間の優しさというのは、匂いの強い花みたいに遠くまで匂うから、何も知らない動物でも好きになるのかもしれない、と考えてますけどね。

*この記事は、2004年6月20日発行のものです。



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