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動物をめぐる人びと
 
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猫は、人間と非常に近いところにいながら、
“人間化”されなかった不思議な生き物ですね。

高田 宏さん (作家)
1932年、京都府生まれ。
石川県の小都市に育つ。京都大学文学部卒業。光文社、アジア経済研究所の雑誌編集、エッソ石油(株)広報誌「エナジー」編集長などを経て作家となる。著書/『言葉の海へ』(大佛次郎賞、亀井勝一郎賞受賞)『木に会う』(読売文学賞受賞)『われ山に帰る』『「我輩は猫でもある」覚書き』『猫のしっぽ』など多数。近著に自伝的エッセイ『大空と大地へ還りゆく日は』がある。



著書『猫のしっぽ』に登場する、次男の雄太さんが描いたムー(右下)とチョビ(左上)

 三十数年前に猫を飼い始めて、一番多い時は九匹。中には、猫専用のくぐり戸から入って居着いた野良猫もいます。最初、うちの男猫にフーと言われて逃げていたのが、玄関から廊下へ、階段から二階へとじわじわと入り込み、数か月かかって最後はうちの猫になりました(笑)。結局、七匹時代が十年ほど続き、六年ほど前、十五歳以上の猫たちが次々にあの世に行って、残ったのが「チョビ」と「ムー」の二匹。この本(『猫のしっぽ』)に次男(画家の雄太さん)が描いた表紙の猫がムーで、鼻の下の黒い猫がチョビです。

 僕は、白山の見える北陸の小さな町で育ったのですが、当時、猫は農家がネズミから穀物を守るために飼うもので、町にはあまりいませんでした。だから、小さい時は犬。忠犬ハチ公よりふたつ数が少ない「ロク」という犬を飼ってました。東京に出てきてからはカメや金魚、メダカ、鳥やウサギなど。カメは、冬、庭に掘った池の中で冬眠して、春になると、のそのそ出てくる。だから、甲羅にプラスチックの名札を付けていて、ご近所から「お宅のカメがうちの溝に…」と知らされ、受け取りに行ったこともあります(笑)。

 猫を飼いだしたのは偶然です。ある夜、ごはんを食べていると、窓の外で猫の鳴き声がする。そこで家の中に入れ、ごはんをやった。当時、小学一年で、最初猫が苦手だった次男が怖いもの見たさに近寄り、触ってみるとかわいくなって…。その猫は出ていったけど、子どもたちが飼いたいと言うので、新聞の「猫あげます」欄に応募して、カツオ節持参でやってきたのが、初代「ロロ」でした。

 猫の人生もそれぞれですね。特に死ぬ間際に見せてくれる“死の姿”がドラマチックで、色々学ばせてもらいました。

 日本猫は、程度の差はあっても、“野性”の要素が非常に強くて、いいですね。僕にとって、猫は生き物の代表選手で、猫との暮らしを通して、木も草も、山も川も、自然全体への興味、関心が高まり、生き物の一種である人間と自然がどのように付き合っていけばいいのか、を考えることができたような気がします。人間は自然を制御しようと余計な“努力”をずっとしてきて、グチャグチャにした。そういう意味では、猫は人間と非常に近いところにいながら、“人間化”されなかった不思議な生き物ですね。

 とにかく、僕は、猫か木に生まれ変わりたいと願うほど、彼らが好きです。木なら、ブナやトチ、クヌギ、コナラ、クスノキなど、それぞれの土地と気候に根づいて育ってきた“雑木”と呼ばれる木々がいいですね。反対に、“役に立つ木”として、昔からの雑木林をみんな切り倒して植林された杉や桧、それに“めでたい木”としてあがめられてきた松などは嫌いです。松には、「士農工商」など日本が作り上げてきた階層社会と、パターン化された日本の“美意識”が組み込まれていて、やりきれないんです。

*この記事は、2005年2月20日発行のものです。



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