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やっぱり努力はするもの。息子が生まれる前に、
盲導犬なら入れてあげる、というお店が何軒かできました。

郡司 ななえさん (『ベルナのしっぽ』著者)
新潟県高田市(現・上越市)生まれ。
ベーチェット病により27歳で失明。“お母さん”になるため、盲導犬ベルナと暮らし始める。のち、白内障のベルナを励ますために、近所の幼稚園を回って「盲導犬ベルナのお話の会」を開始。以後、各地の幼稚園や小中学校などで講演(05年3月末で825回)。同時に『ベルナのしっぽ』の映画化に取り組む。著書に『私らしく生きたい』『ベルナのしっぽ』『ガーランドの瞳』『ペリラの手紙』(共作)など。

3番目のしっぽのある娘「ペリラ」とともに。



犬嫌いの著者が、子育てのためにパートナーを組んだ盲導犬ベルナとの出会いから別れまでを綴った一冊。

 うちの家族は犬好きでしたが、わたしは幼稚園の時に大きな犬に襲われてから、ずっと犬がダメでした。ですので、失明して、神様がくれた最大のプレゼントが犬と一緒に暮らす生活です。

 わたしは建設会社で仕事をしていたのですが、十七歳で発病したベーチェット病によって、二十七歳で失明。仕方なく仕事を辞めました。でも、生きるには、やはり“夢”がいる。失明後のわたしの夢は何か、というと、結婚して、“お母さん”になることでした。目の見える“お母さん”のように、自分の背中に赤ちゃんをおんぶして、子育てのできる“お母さん”になりたい。手探りで天ぷらを揚げることができるから、努力と工夫さえ重ねればうまくいくと思いました。

 でも、赤ん坊ってよく病気になる。そんな時、“白い杖”をついて、具合の悪い赤ん坊を背負い、行き慣れない病院へ行けるだろうか、と考えた時、「無理だ」と思いました。

 ところがある時、「あ、盲導犬がいた」と気づきました。でも、犬は死ぬほど嫌いだから、どうしても自信がない。それでアイメイト協会に電話をかけて相談し、塩屋賢一先生に「あなたはぬいぐるみの犬の頭をなでることができますか」と言われた時は、びっくりしました。わたしは、犬がほえたり、飛びついたりしなければ大丈夫。何て簡単なこと、って(笑)。

 でも訓練所にたどり着いたら、ここへ来たの、失敗だったと思いました。訓練二日目の“結婚式”で実際に犬が来たら、やっぱり怖くて、そばに行けない。そうしたら、塩屋先生が「犬の口の中に手を入れなさい。できないんだったら帰りなさい」と言ったんです。それで、生きた心地はしなかったけど、口に手を入れました。その時、犬はほえたり、かんだりしないのだと初めて分かりました。「ベルナ」との最初の出会いが良かったんですね。

 ところが、四週間の訓練を終えて最寄りの駅まで帰ってくると、駅員さんから「こんな大きな犬を電車に乗せて」としかられました。今から二十四年前は、盲導犬を受け入れてくれる社会じゃなかった。その時です。これからは、わたしが“お母さん”として、わが子・ベルナを守って生きていくんだ、と自覚したのは。

 とにかく、当時はどこに行っても、盲導犬を受け入れてくれない。だから、どうしても、自分の住む町でわたしとベルナを受け入れてもらいたいと思ったんです。だって、わたしの夢は“お母さん”になること。自分の子どもが、「あれを食べたい」と言った時、一緒にお店に入ってあげられる“お母さん”になりたいわけです。ベルナを気持ちよく受け入れてくれる環境を作っておかなきゃいけないと、子どもが生まれる前に毎日のように町に出て、お願いして回りました。

 やっぱり努力はするものですね。息子が生まれる前に、盲導犬なら入れてあげる、というお店が何軒かできました。一軒でも二軒でも入れてくれれば、「あそこは入れてくれましたよ」と言えます。やっぱり、自分から働きかけなきゃダメだと思いますね。

*この記事は、2005年6月20日発行のものです。



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