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僕は、目の前でガクが黒熊と闘うのを5回見た。
もちろんガクが負けて逃げてくる。後ろからは熊が…(笑)。

野田 知佑さん(エッセイスト&カヌーイスト)
1938年、福岡県に生まれ、熊本の山河で育つ。早稲田大学文学部卒業。教員、雑誌記者生活ののち、日本や世界各地の川旅を続けながら暮らす。同時に、河川工事やダム建設を推進する建設省(現・国土交通省)のやり方を、カヌーイストの立場から告発。主な著書に『日本の川を旅する』『のんびり行こうぜ』『ユーコン漂流』『カヌー犬・ガクの生涯』など多数。 

ガクの息子「タロウ」とともに。


著者とともに世界各地を旅したカヌー犬・ガクとの冒険と哀切の物語/文藝春秋

 僕は放浪生活が長かったから、なかなか犬が飼えず、犬に関しては、まだ初心者なんです。20年ほど前、「ガク」という犬を飼うようになったけど、周囲の人が助けてくれなかったら、犬との生活はできなかったでしょうね。田舎を引き上げて東京に帰った時、椎名誠がガクを預かってくれた。東京から鹿児島に移った時、庭つきの家を探したけど見つからなくて、友だちに預かってもらった。ここ(徳島県日和佐町)は、犬のために見つけたような土地です。川も海もきれいだし、広いから犬は何をしようと自由。理想的だけど、肝心のガクがいなくなって、皮肉なものです。

 カナダ・アラスカの川へ最初に行った時、ものすごい解放感がありました。向こうでは完全に一人になれる。その代わり、何百倍も寂しいんだけど、あれがまたいい。

 そういう川をのんびりカヌーで下っていく。ガクは人間の子どもと同じで、最初ずーっと周りを見ていて、飽きると寝てしまう。退屈すると鼻をキュンキュン鳴らす。僕が「遊びに行ってこい」と言うと、川に飛び込み、泳いで岸に上がり、時々僕のほうを見ながら、川岸を走っていく。カナダ・アラスカは、犬には最高に面白いんです。夏の間に鳥が巣を作り、卵を産んで子育てする。だから、至るところに巣がある。犬は卵が好きでしょ。ガクは親鳥に頭をつつかれたりしながら卵を食べてね。それでまた退屈すると、川に飛び込んで僕のところまで戻ってくる。

 ガクのおかげで、川旅がずいぶん面白くなりました。カナダ・アラスカの川岸を歩いていると、ガクがすばやく熊を発見して、向こうも出てくる。ガクは黒熊だと向かっていく。僕は、目の前でガクが黒熊と闘うのを5回見た。もちろんガクが負けて、キャンキャン言いながら僕のほうに逃げてくる。後ろからは熊が…(笑)。その時、上空に向けて散弾銃を撃つと熊は逃げる。

 1週間か10日ぐらい漕ぐと、先住民の集落に着く。新しい集落に入る時、コロンブスがアメリカに上陸した時のようなスリルがあるんです。彼らは無口だから、話しかけてこない。そんな時、ガクがいると、まず子どもがわっと出てくる。向こうの犬は完全な使役犬で、人間との関係が一方的。でも、ガクと僕はかなり対等で、ガクが僕の横を歩いているのが珍しかったんでしょうね。

 カナダ・アラスカの川旅は気持ちを全部解放して楽しめるけど、日本の川を下る時は、辛いところが無数に見えます。僕の場合、カヌーよりも水に潜ったりして川遊びをしたい。でも、国が無駄な金を使い、無駄なダムを造り、無駄な河川工事をして、今、日本中を見回してみて、自由に遊べるきれいな川が残っているのは、徳島県と高知県だけ。あとはほとんど全滅です。

*この記事は、2005年10月20日発行のものです。



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