背後の写真は、在りし日の、社員犬ハットリとのツーショット
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戦争のために働き、懸命に生きた犬たちのモノクロ写真集/ワールドフォトプレス
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「ハットリ」は、わたしが入社する数か月前にこの会社(ワールドフォトプレス)に入ったみたいです。わたしと気が合って、「あ、ごはんね」と思って立ち上がると、何も言っていないのについてくる。そんな時は、ちょっと得意でした。語ることが多いんですよ、このヒトは。ハットリに、ペンとノートとカメラを持たせたかった。そのくらい好奇心が強くて、物音がしたり誰か新しい人が来ると、人の足をかき分け、目の色を変えて飛んでいく。それに本当によく表情が変わるんですね。中に人間が入っているんじゃないかと思うぐらいでした。
わたしが最初、ハットリの存在を身近に感じたのは、彼が机の後ろのロッカーに背中を向け、足を投げだして寝ていた時。ロッカーから写真を取り出そうと、「ちょっと向こうへ行ってください」って感じで押すと、おなかがあったかく、「あ、君も生きてるんだね」と思って。それからずっと一緒。結局、ハットリは、入社して10年目の1991年に亡くなりました。よくペットロスって言うけど、わたし、ハットリのことを思い出すのに忙しくて、まだ涙流したことないの(笑)。
ところで、『戦場の犬たち』の企画を思いついたのは、2、3年前です。そのころ、青森の三沢へ絵馬の取材に出かけていました。向こうでは戦時中、自分たちが育てた馬をいっぱい軍馬として戦場に送ったらしいんです。もうずいぶん昔のことなのに、みなさん、おじいさんやお父さんに聞かされた馬との別れ話などを、すごく熱心に話してくださったの。その時、語ることがあるってすごいなと思い、東京に帰って、「わたしとハットリと同じだ」と気づいたんです。
実はそれまで、会社で欧米のライブラリーからミリタリー関係の写真をたくさん集めていて、その中に犬や馬の写真を見る機会がありました。そんな写真を改めて見返すと、1枚の写真に写っていない部分を考えさせるというか、ひとつの表情の中に、犬の本音が出ちゃう。犬たちが、「あ、疲れたな」とか「おれ、どこにいればいいんだよ」とかの表情をして写っているんです。特に犬の場合、戦争とか生死とか分かっていなくても、ギリギリの場面で、じっと自分の帰りを待ってくれる人がいるっていうのが伝わったんじゃないでしょうか。きっと戦場にいると、人と犬、お互いが通じ合える、絶対に信じられる部分があったんじゃないかなと思うんです。この写真、モノクロで色がないだけに“読ん”じゃいますよね。ささいな、犬の目の上げ方とか、兵隊さんの目線とか。
それにしても、アメリカの戦場写真ってすごいですね。写真の裏に、写っている人みんなの名前、階級、出身地が、何々アベニューみたいな番地まで書いてある。やはり、それは、“わたし”がそこ(戦場)にいたという証しですよね。その「いた」ということだけは、誰かに覚えておいてほしいから。
*この記事は、2006年5月20日発行のものです。
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