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ミコノス島の“猫おじさん”が広い庭にごはんを点々と置いていく。
すると、猫たちがドドド、と走り寄って来る。

松村六娘さん
(フォトグラファー&エッセイスト)
1970年、大阪府生まれ。甲南大学卒業後、会社勤務を経て、独学で写真の道へ。ギリシャの島々の猫と風景を写した作品集を発表し、定期的に写真展を開催。写真集に『ギリシャの猫』『オラ!ゴロ ぼちぼち行こか』『空ノ天使』(以上、三五館)。「ARK2006年度カレンダー」写真(アニマルレフュージ関西)など。
猫ブログ「おやじネコ日和」 http://oyajineko.mumu-world.com/

愛猫「コモ」と

ギリシャの島々で出会った猫や美しい風景を収めた写真集/三五館

 小学生のころ、きれい好きの祖母に内証で何度か捨て猫を拾い、縁の下や蔵の裏で“秘密飼い”したことがあります。でも、もらわれていったり、自分からどこかへ行ったりして、すぐに猫はいなくなってしまいました。そんな時、友だちの家に迷い込んできた白い猫がとてもかわいくて、祖母に「一晩だけ」と頼み込んで飼い始めたのが「タマ」。14年ほど生き、最後は老衰で亡くなりました。

 阪神大震災後、被災した白黒の子猫をボランティアさんから引き取ることになりました。足先が白く、「長靴をはいた猫」みたいなので「プス」と名付けたその猫は、大震災のトラウマか、すごく音に敏感で、家族以外の誰にも懐きませんでした。やがて祖母が亡くなり、お葬式の後、プスは見送るように玄関に座り、ほんとに長い間じっと外を眺めていました。その後ろ姿が忘れられないですね。

 その後、わたしは結婚して一度家を出て、いろいろあってまたこの家に戻り、娘が生まれてから、プスは子守り猫になりました。ところが、ある時突然いなくなり、プスをとてもかわいがっていた母はペットロス以上の落ち込みようで、必死に探し回って大変でした。

 寂しさを埋めるため、“処分”寸前の猫「チャオ」と「コモ」を飼い、さらに近くに捨てられていた子猫3匹を拾い、内2匹はもらわれていったのですが、皮膚病のひどかった「ミロ」がわが家に加わって猫3匹となりました。

 写真は、子どものころから母のカメラで猫と空ばかり撮っていました。娘には言えませんが、よく猫と一緒に屋根に登って(笑)。

 ギリシャの猫との出会いは、大学の卒業旅行で、イドラ島などエーゲ海の小さな島々をクルージングした時でした。ギリシャの島は白い家並みと細い路地が素敵で、ずっと路地を歩いていました。すると、次から次に猫が出てきて、近寄っても逃げない。猫たちのあまりのフレンドリーさと、青い空と海、白い家並みと猫とのコントラストの美しさに感動して、写真をいっぱい撮って帰りました。

 卒業後に就職しましたが、心の中には“猫の島”みたいなギリシャの島々がずっとありました。結局、体調を崩して仕事を辞め、小さなギリシャの雑貨屋さんをしようと、仕入れのためにギリシャへ。向こうでミコノス島の“猫おじさん”を紹介されて会いに行きました。夕方、仕事から帰ってきた70歳代の猫おじさんは、荒れた広い庭にバケツいっぱいのごはんを持って出て、点々と置いていく。すると、猫たちがドドド、と走り寄って来る。

 庭の片隅では1匹の子猫が死んでいました。猫おじさんは、「猫は年々増えるけど、僕はひとりでこれ以上何もできない。こうやって、強い者が生き残るしかないんだ」とつぶやきながら、亡くなった子猫をひょいとつまんで向こうへ連れて行く。その時、ギリシャの島は、人と猫がお互いの距離、生き方を保ちながら、ともに、自由に生きている世界なんだ、というのを肌身で感じました。

*この記事は、2006年7月20日発行のものです。



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