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P-WELL REPORT
 
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川があれば、橋をかける。海があれば、船をつくる。
そのようにさまざまな障壁・障害をのりこえてきたのが人間社会だ。
足や目が不自由で歩けなくても、車椅子や杖、盲導犬や
介助犬と一緒なら、独りで外に出られる。
もちろんケガや病気で歩けない犬でも、車椅子を使えば散歩だって夢じゃない。
新たな可能性にいどむ犬たちについてレポートする。


松本さんご夫妻とラルフ
自分ひとりでオシッコできないので、
地団駄ふんでくやしがっています


 京都市南部、京阪電鉄藤の森駅から東のほうへしばらく歩くと、一軒の酒屋さんがある。脇の勝手口から、店主の松本幸夫さんと純子さんが愛犬ラルフと現れた。手慣れた様子で、ラルフの下半身を車椅子に固定する。ラルフはすぐに足どりも軽やかに表の道路を歩き出した。梅雨の合間の晴れの日だった。
「この車椅子、二台目なんです」
 奥さんの純子さんが言う。「道ぞいにブロックがあっても、気にせずガリガリこすって歩くので、車輪がすぐにこわれるんです。そのたびに、メーカーさんに送って直してもらうのですが、その間、散歩に行けないので、一台、スペアに置いています」
 朝夕、二回の散歩が、ラルフにはなによりの楽しみだ。近くの駐車場ではボール遊びをする。散歩道には、あちこちに仲のいい犬たちがいる。その家を通るたびにラルフは玄関に立ち寄り、あいさつをかわす。ライバルと出会うと、吠え、キバをむいて怒る。電柱などにほかの雄犬のマーキングを見つけると、臭いをかぎ、自分ひとりでオシッコできないので、地団駄ふんでくやしがっています、と純子さんは小走りに歩くラルフを見つめながら、ほほえんだ。
 ラルフが車椅子生活に入るきっかけは交通事故だった。平成十年十二月二日の朝、生後八カ月で元気ざかりのラルフは、勝手口から表の道路に出て、自動車にはねられた。すぐにかかりつけの動物病院に連れていったが、脊椎が二カ所折れ、青息吐息のラルフは、命に別状はなさそうなものの、有効な治療もできず、二日入院しただけで自宅療養することになった。寝返りもうてず、横たわったままのラルフを看護するため、日中は松本さん夫妻が、夜中は仕事帰りの娘さんふたりが付ききりで食餌や水を与え、寝返りをうたせるなどの世話をした。懸命の看護のおかげで、一月後、ラルフはようやく自力で座れるまでに回復した。


散歩途上でお友達犬とごあいさつ。
身体の不自由さをみじんも
感じさせない明るい表情だ。
 しかし愛犬は下半身マヒで、後足を動かすこともできないまま。松本さん一家は、「なんとか立たせてやりたい」とあちこちの動物病院をたずね、向島のこが動物病院の紹介で、大阪府立大学の付属病院へ出かけた。ところが、事故後時間がたちすぎ、手術をしても回復の見込みがない、と診断され、松本さん一家は、愛犬が障害を背負って生きるしかない、と覚悟を決めて帰宅。動物病院の獣医師の勧めで、車椅子生活にチャレンジすることにした。
 車椅子を手作りする、東京近郊の獣医療メーカーから待望の車椅子が京都の松本さん宅にとどいたのは、事故後二カ月の平成十一年二月だった。すでに前足だけで進むことができるようになっていたラルフは、わずか二日ほどで特注の車椅子を乗りこなせるようになった…。
 友だちやライバルのいる住宅地から、地道が続く畑道へ駆け出したラルフは、草むらに突進して、後ろからついてくる純子さんのほうをふりかえった。純子さんが脇にかけより、下腹部を押してやると、ラルフは気持ちよさそうにオシッコした。やがて、道は、上下して、竹林のあいだをぬう坂道となる。ラルフは、上り坂、下り坂をまったく意に介さず、駆けていく。
 早足でラルフについて行きながら、純子さんは、問わず語りにこうつぶやいた。
「いまでもときどき、ラルフが元気で、四本の足で走りまわっていたころの夢を見ます」


前足が動くから、後足を台車に乗せれば散歩に行ける


4年前、交通事故にあったさつきを
保護してくれた今吉美貴さんと。
 日本列島で、毎年、交通事故で死んだり、ケガする犬やネコたちはどれだけいるのだろうか。そんな不幸な犬の事故現場に行き会わせたのが、三重県亀山市の今吉美貴さんだ。
 六月中旬の土曜日、本降りの雨のなか、名阪国道を西に走り、亀山インターで降りて、今吉さん宅を訪れた。
 玄関には、母親の昌子さんと先住の愛犬ゴンが出迎えてくれる。居間にあがると、可愛いシェルティのさつきが、オスワリしていた。
 昌子さんとあいさつをかわしていると、娘の美貴さんが現れ、思い出話が始まった。
 いまから四年前の五月下旬の夜、仕事帰りの美貴さんは、自宅に着くすこし前、前を走る車がなにかをはねとばしたことに気づいた。
 胸騒ぎがして、車をUターンさせ、事故現場にもどった美貴さんがあたりを調べると、シェル
ティが倒れていた。すぐに車に乗せ、なじみの亀山動物病院に運んで応急手当をうけ、自宅に連れ帰った。翌朝、検査のため、通院すると、さいわい頭部にケガはなかったが、背骨が折れ、脊髄が切れていて、後足はまったく動かず、前足もすこしマヒする状態だった。
 美貴さんは飼い主をさがそうとしたが、そのシェルティはやせて骨と皮だけで、捨てられたことは明らか。犬好きの今吉さん宅で、飼うことにした。新たな愛犬は、出会いの月にちなんで「さつき」と名づけられた。
 しばらくすると、背骨の骨折も自然治癒し、さつきは前足だけで座り、動き出した。
「とりあえず前足が動くから、後足を台車に乗せれば、散歩に行ける」
 美貴さんは、プラスチックトレイやスノコを加工して、小さな車輪を四つつけて特製車椅子をつくった。特製車椅子は、音が大きく、取り回しがむずかしい。溝などに小さな車輪が落ちると、勢いあまって、さつきが前方に飛んでいったりして、うまくいかず、半年後、動物病院に相談して、専門の会社に車椅子を発注した。
「いざ車椅子がとどいて、さつきを乗せて散歩しようとすると、動かないんです。しかたがないから、フードで釣って、すこしずつならしていきました」と昌子さんがつけくわえた。
 当初、朝、昌子さんが、さつきと散歩してると物珍しいためか、自動車や自転車を止めて、見ている人が少なくなかった。「犬にも車椅子があるんですね」と語りかける人。「なかには、なんのために、こういう車を引かしているの、とたずねる人もいました」

雨の日はお散歩に行けなくて、つまんない…
 車椅子での散歩光景を撮影しようとしたが、篠つく雨で、外出は無理。美貴さんに車椅子をつけてもらい、屋根付きの駐車場で写真をとらせてもらった。さつきは散歩に行きたそうに表をながめるが、いつも一緒のゴンが出てこないので、玄関のほうを見つめて、待っていた。

下半身不随の動物たちの「生活の質」向上と
術後のリハビリをめざして


 交通事故などの脊椎損傷で、脊髄が切断していれば、マヒを回復させる治療は不可能だ。
 しかし、ケガや病気(たとえば椎間板ヘルニア)などで脊髄が圧迫され、足が動かなくなっても、「深部痛覚」(脊髄のいちばん内側にある、痛みを感じる神経の感覚)が消えて四十八時間以内なら、適切な治療で治すことが可能です、と語るのは、奈良市内の中山獣医科病院院長で、永年、脊髄疾患治療の改革に取り組んできた中山正成先生だ。
「神経細胞は、生きていくのに、たくさんの栄養と酸素が必要です。それがわずかの時間遮断されると、神経細胞は死んでしまう。脊髄も同じで、ケガや病気でどのぐらいの時間、血流が止まっていたか、どれだけ神経細胞が生き残っているかによって、回復できるかどうかが決まります」
 中山先生は、これまで多くの動物たちの椎間板ヘルニアなどの脊髄疾患の治療に大きな成果をあげてきた。
「椎間板ヘルニアは、いわば、老年性の病気で、犬が七、八歳以上になると、なりやすくなります」
 歳も若く、発見がはやいと、わずか数日や一、二週間で治る場合もある。ポイントは、術後のリハビリにある。マヒした足に刺激を与え、神経の回復をはかるわけだ。そのとき、中山先生が活用するのが、車椅子である。車椅子に乗り、前足で歩けるようになれば、動かない後足にも力が入り出し、数週間から、数カ月で元のように四本の足で歩きはじめる犬たちも少なくない。中山先生は、まだ日本に動物用の車椅子がなかった二十年ほど前、アメリカの学術論文を参考に、みずから手作りし、寝たきりの犬たちの生活改善に取り組み始めたという。
「その当時、犬・猫の治療技術も未発達で、交通事故や椎間板ヘルニア、脊髄の腫瘍などで寝たきりの犬たちがいっぱいいました。上半身元気だから、いわゆるクオリティ・オブ・ライフ、生活の質を高めるために、車椅子を活用できないか、と思ったのです」


宮尾さんご夫妻とリスキー

 中山先生の患者さんで、この五月八日、別の病気で通院途中、車のなかで椎間板ヘルニアを悪化させ、即検査、即手術し、いま、車椅子でのリハビリ特訓にはげむハスキー犬のリスキーを飼う、奈良市内の宮尾さん一家がいる。
 手術後、マヒしたリスキーの後足を刺激してリハビリを開始した宮尾さん宅では、抜糸後、知り合いの職人さんが特製の車椅子をつくってくれたという。

 リハビリの成果について、娘の吏香さんは、語る。
「最初、下半身マヒで、排尿も自分でできず、一日に二回、オシッコを抜きに通院していました。しかし車椅子で散歩できるようになって、後足に力が入るようになり、オスワリはまだですが、かなり後足を動かせるようになり、少しの間なら四本足で立てるのです。オシッコも、散歩のとき、自分でできるようになりました」
 母親の久美子さんが「はじめ、要領がわからず、バックしたりしてましたが、すぐに慣れて、いまでは坂道でも小走りで上ったりします。下り坂なら、追いつきません」と言う通り、父親の孝さんがリスキーのリードを持って道端に出ると、あっと言う間に駆け出して、こちらが懸命に走ってもすぐに抜かれる。九歳とは思えないほどの、また、手術後一月たらずとは思えないほどの回復力である。


9歳とは思えないほどの健脚ぶり。
走り出したら追いつけない!!

「これまで少し太り気味でしたから、背骨に負担がかかっていたのかもしれません。このごろ、だいぶやせました。これを機会にダイエットさせようと思っています」
 リスキーのあとをついて走りながら、久美子さんは、そう言った。


歩けるようになったとき、飼い主さんと
犬たちのうれしそうな表情をみると…


 日本で唯一の犬用車椅子を製作する、東京・八王子の獣医療器具メーカー「津川洋行」の代表取締役・宮川邦之進さんによれば、同社が車椅子づくりを始めたのは、二十年ほど前のこと。「当時、東京大学の助教授だった竹内啓先生から、病気やケガで歩けない犬たちは、一生歩けないままで暮らすか、眠らせるか、選択肢が二つしかない。もう一つ別の途が選べないか、と相談されました」
 しかし症例はさまざまで、犬の体型もチワワからセントバーナードまで千差万別。同じ犬種でも体格や体質も気質も異なるから、とても量産は不可能。宮川さんは、どうしようかと悩んだが、獣医師たちの要望にこたえて、試作を始めた。実際に下半身マヒの犬に合わせて車椅子をつくって、乗せても、歩かない。犬は話さないから、理由をあれこれ推測して、改良するしか途はない。一頭、また一頭と苦心、工夫をかさねるにつれて、改良の方法が見えてきた。
「重心が悪いと、犬は進めない。それに犬は、後足の力で歩くので、その後足が動かないと、どう歩けばいいかわからない。犬自身が頭を切りかえて、前足だけで進めるようになってはじめて、車椅子を乗りこなせるわけです」
 そのほか、座席が窮屈だと、ダメ。それぞれの犬に合わせて、現場で微調整できないと、歩ける車椅子にはならない。また、マヒした後足が固定されていれば、歩けない犬も少なくない。ケガ防止をかねて、宮川さんは、車椅子にバスケットを設置するなど、実に多くの改良に取り組んだ。途中から、車椅子製作は、社員の花上真二さんが引継ぎ、現在では、年に二百台ほど、受注生産をおこなっている。これまでに製作した車椅子は約二千台。最後に宮川さんと花上さんが言った。
「一台一台、手作りだし、犬がうまく歩けるようになるまで調整や改良してはじめて完成といえるので、大変ですが、犬たちが車椅子で歩けるようになったときの、飼い主さんと愛犬のうれしそうな表情をみると、またやらなきゃ、と思うんです」



取材協力
京都市伏見区在住 松本さん一家/三重県亀山市在住 今吉さん一家/奈良市在住 宮尾さん一家

【中山獣医科病院】 院長 中山正成さん
奈良市南袋町6の1/TEL 0742-25-0007

【株式会社津川洋行】 代表取締役 宮川邦之進さん・ 同社員 花上真二さん
東京都八王子市大横町12の10/TEL 0426-25-8409

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