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犬やネコとの生活を考えることは、
人と人との生活を見直すことであり、多くの家庭がともに暮らす
地域社会、コミュニティづくりへの第一歩となるのではないだろうか。
今回は、集合住宅における動物飼育問題の内にひそむ
「コミュニティライフ」の可能性をさぐってみよう。


「マークのおかげで家族同士いつも話題がつきなくて、とてもなごやかですし、ご近所に知り合いがたくさん増えて」

愛犬と暮らせるマンションを求めて

 暖冬にもかかわらず、冷たい小雨が降る歳末の日曜日、緑ゆたかな千里丘陵の一角にできたばかりの真新しいマンションの「ペット棟」に住む和泉さん宅を訪ねた。
 見晴らしのいい、暖かなリビングルームで和泉さん夫妻と挨拶をかわす。愛犬マークが足元にじゃれつき、大歓迎。奥から長女の那奈さんが顔をのぞかせた。残念ながら、マークの名づけ親・長男の祐紀さんは所用で外出中だった。
 家族四人の愛情を一身にあびるマークはいま七歳。動物好きの祐紀さんが小学六年のとき、「どうしても犬が飼いたい」と、生まれ育ったマンションがペット禁止だったため、ずっとがまんしていた想いを打ち明けて、和泉家は現在地近くの一戸建てに引っ越すことを決断。あるペットショップで出会ったマークは晴れて家族の一員となった。「実は、私、子どものときから結婚前までずっと犬と暮らしてました」と、ご主人の孝さん。脇から奥さんの早知子さんが「子どもがひとり増えたようで世話も大変でしたが、マークのおかげで家族同士いつも話題がつきなくて、とてもなごやかですし、ご近所に知り合いがたくさん増えて」と、ほほえんだ。
 和泉さん一家がこのマンションの「ペット棟」に引っ越したのは、つい四カ月ほど前だ。以前から住み心地のよいマンションへの住み替えを計画し、あちこち下見をくりかえしてきたが、「ペット禁止」ばかり。なかには販売業者の人から、内証で飼って、管理組合ができたときに承認してもらえば、と言われたこともあったが、承認されるかどうかわからないし、隠し事しながら暮らすのなんてつらくて、と早知子さん。ところが、幸いなことに、マークと住める物件が見つからなくて困っていた和泉さん宅に、近くに「ペット可マン
ション」が建つといううわさ話が聞こえてきた。すぐに不動産会社に電話して、ぜひ住みたいから、青写真ができたら教えてほしい、と頼み込み、九九年八月の発売開始を待ちかねて契約。一年後の竣工を心待ちにし、ようやく入居できたという。
 現在、同マンションを発売中の近鉄不動産販売株式会社 販売部の安藤浩二さんは、「犬やネコたちと暮らしたいというお客さまのご要望にお応えして、ペット可マンションの開発を始めたのは四年前。ここで四件めです」という。郊外型は、「ペット棟」を設けるタイプ。大阪の都心部には、ひとつのマンションに「ペット可フロア」を組み込んだ物件もあるとか。でも、和泉さん家族が住み替えにあたって苦労したように、関西圏では「ペット可」はまだまだ少ない。
 一方、都心部人口の約七割が集合住宅住まいという首都圏では、七年前の「横浜
ペット裁判」を契機に、集合住宅における犬やネコたちとの暮らしを模索する活動があちこちで始まり、着実に実を結びつつあるようだ。



「動物の嫌いな人の立場で考えていかないと、お互いの妥協点を見つけだせませんね。それは、ペット反対の人の場合も同じだと思います」
ある日、突然、「ペット禁止」の触れが出て

 師走のあるおだやかな日曜日、横浜から電車で約三十分、横須賀市郊外の丘陵地に建つマンションに住む竹間さん宅をたずねると、愛犬ちょこが真っ先に玄関先に現れた。ちょこのケージが置かれたリビングでは、小学三年生の次男・純平くんが録画した「ポケモン」アニメに向かっている。小学六年生の長男・勇作くんがちょこんと挨拶して、子ども部屋に引っ込んだ。愛猫こまは、キッチンの戸棚の上からそっと来客の様子をうかがっている。聞けば、奥さんの晴美さんは大のネコ好きで、こまは六年前、このマンションに引っ越す前からの「家族」という。
 竹間さん宅で愛犬ちょこを飼いだしたのは三年前。同家にとってはじめての犬だった。入居前に確認した建物使用細則には「迷惑を及ぼすおそれのある動物は禁止」とあり、販売業者も当初の管理組合理事会も「迷惑をかけなければ、ペット飼育は問題ない」といっていた。

 ところが、ちょこの予防接種も済まないころに、マンション内でペット動物への苦情が管理組合理事会に持ち込まれ、当時の理事会が、ひろく住民の意見を聞くこともなく、同マンションでの「ペット禁止」を公表した。
「急にだめだといわれても、困りますよね」と、ご主人の薫さんが苦笑するように、犬やネコが家族の一員であるどの家庭も「ペット禁止」となれば、死活問題になりかねない。これまで、マンション内でほとんど交流のなかった竹間さんたちは、犬を飼っていそうな人の車に張り紙をするなどして、犬やネコと暮らす家族に呼びかけ、理事会と話し合いの場をもった。


「この問題のおかげで、娘や息子世代の人たちとお付き合いでき、生きる張り合いが増えたとおっしゃる年輩のご夫婦もおられます」
当初、苦情があるなら禁止すれば、と軽く考えていたらしい理事会の役員たちは、話し合いの場に現れた二十家族ほどの飼い主と顔を会わせて、事の重大さに気づき、問題解決のため、取り組むことに合意した。
 薫さんと晴美さんは、「この問題のおかげで、娘や息子世代の人たちとお付き合いでき、生きる張り合いが増えたとおっしゃる年輩のご夫婦もおられますし、ふつうなら、縁のない〈お父さん〉を交えた家族ぐるみの交流ができて」と、集合住宅での「ペット問題」の思わぬ成果について語る。
 もっとも当初、竹間さんたちは、何をどうすればいいかわからず、横浜や東京周辺で、集合住宅におけるペット飼育問題に取り組んでいる人びとを探してアドバイスを受け、同マンションの実情にあった対応策を工夫。結局、一年半におよぶねばり強い話し合いにより(その間一件の苦情もなかった実績も後押しして)、同マンションでは、動物を飼育する、しないは、各住民の自主判断にゆだね、隣近所とトラブルになった場合も、当事者同士の話し合いで解決することになった。
「一時は、このマンションで犬の散歩をするのはマンション外の人ばかりで、私たちは車に愛犬をのせて、遠くに散歩に出かけたりしたこともありました」と、薫さんは、苦労の一端にふれた。
「やはり、飼い主側も、うちの犬は大丈夫、みたいな態度では反発も出てきます。動物の嫌いな人の立場で考えていかないと、お互いの妥協点を見つけだせませんね。それは、ペット反対の人の場合も同じだと思います」
 取材のあいだに、愛猫こまは、少しなれたのか、音もなくリビングにやってきた。こちらがそっと指を出すと、近づいて臭いをかぎ、足元やバッグにからだをすり寄せたあと、純平くんのそばでごろんと横になった。それを見て、おとなしく自分のケージで待機していたちょこは一歩ずつ近づき、純平くんとこまの間に座をしめた。



「ヒトと動物の関係学会」
事務局長 井本動物病院院長
井本史夫先生

「集合住宅の住民意識のなかに、コミュニティづくりということがはっきり入っていれば、 動物飼育に関する問題はあまり起こらない、ということです」

 横須賀から横浜に戻り、その翌日、「ヒトと動物の関係学会」事務局長で集合住宅におけるペット飼育問題に長年取り組んでいる、井本動物病院・院長の井本史夫先生に会った。
「実は、私の住んでいるマンションでも、七年前の横浜ペット裁判を契機に、ペット動物との暮らし方を考える活動を始めました」
 同マンションの管理規約は、いわゆる「あいまい規約」で、「他人に危害をおよぼす動物の飼育禁止」という条項があり、ペット飼育をめぐってもめる余地がひそんでいた。

 井本さんは、マンションで犬やネコを飼っている家庭の人びとに、飼い主の会をつくって飼い方のマナーを高め、積極的に苦情改善の努力を続ける大切さを説いてまわった。
「まず大切なのは、飼い主家庭がほかの住民の方々と仲良くなること。ふだんから仲がいいと、そこの犬がちょっとくらい鳴いても、苦にならないものです(笑)」
 井本さんの呼びかけで生まれた飼い主の会では、同マンションの月に一度の掃除の日に周辺の犬やネコのウンチを拾ったり、犬の訓練体験会を開いたりした。井本先生が住民たちの前で実演をおこなうと、初対面のはずの犬がその指示にしたがって、歩いたり、止まったり、座ったりする。その姿を目の当たりにして、住民のあいだで、ペット飼育への理解が深まっていく。もちろん、それまで犬のしつけ・訓練はむずかしいと思い込んでいた飼い主たちも、犬は飼い方しだいで、いかにかしこく、従順になるかを実感し、しつけへの関心もいちだんと高くなっていった。

 そんなわけで、飼い主の会結成の前年、年に十件ほどあった苦情も、翌年にはわずか二件に減り、管理組合の総会では、犬・ネコを飼うかどうかの論争はやめ、マンションの住民みんながどんな生活をしたいか考えていこう、との意見が大勢をしめて、満場一致で「飼育可」に決まった。
 井本先生は、その後、みずからの体験をふまえて、神奈川・東京など首都圏で同様な取り組みをしている人びとと力を合わせ、同じ悩みをかかえる集合住宅の人びとに実践的なアドバイスをおこなってきた。
「集合住宅では、管理組合などに隠れて犬やネコを飼っている家庭はいっぱいいます。みんな大手をふって飼うようにすれば、飼い主側が責任を自覚し、よりよい飼い方、よりよいつき合い方をめざしていけますので、もめ事も少なくなります」

 この活動をやっていくうちにわかってきたのは、と井本先生は言葉をつづける。
「集合住宅の住民意識のなかに、コミュニティづくりということがはっきり入っていれば、動物飼育に関する問題はあまり起こらない、ということです」
 これまで、マンションなどの集合住宅は、ドアを閉めたら、自分だけの世界を守れるといわれてきた。でも、そんなことはない、と井本先生は力をこめる。みんな仲よくなってはじめて、ひとつのコミュニティのなかで、だれもが安心して、和気あいあいと生活できるのだ。そのためにどうすればいいかをちょっと考えれば、犬を飼いたい人は、人に迷惑をかけないように飼えばいいし、飼いたくない人は、自分に迷惑がかからなければ、犬を飼っている人に文句をいうこともない。コミュニティづくりがいちばん初めにあって、それを受けてどうするか。駐車場の問題でも、騒音の問題でも、犬・ネコの問題でも、解決の糸口は同じなんです、と。
 井本先生のマンションでは、犬・ネコ飼育問題への取り組みをきっかけに、もめ事の元になるような課題をひとつずつ解決していった。たとえば、狭い駐車スペースについては、来客用に確保していた二台分のうち、一台分のスペースを子割して、各戸のスペースをひろげた。また、共有地にある竹薮を整備して、きれいな竹林に育て、お正月には門松をつくったり、住民みんなでタケノコ掘りを楽しんだり、竹炭づくりに挑戦したり、さらには落葉樹の落ち葉で腐葉土をつくったり。
「戦後の都市型社会は、むかしの地域社会を否定してきたのですが、団地やマンションなどの集合住宅こそ、お互いが仲よく、相手の生き方を認めあい、生活をともに楽しむことによってはじめて、うまく生活できる場所だな、という気がします」
 集合住宅における犬やネコとの暮らしを考えることは、実はそのまま、日本における「都市型社会」のあり方、暮らし方を考え直す好機というわけである。バブル崩壊後、マンションが一戸建てへのワンステップや、利殖の手段としての役割を終え、また、仕事・会社一辺倒から地域・家庭生活への関心が高まりつつある現在こそ、日本におけるほんとうの意味の「都市型社会」形成の好機、といえるかもしれない。



取材協力
●大阪府豊中市在住 和泉さん一家
●近鉄不動産販売株式会社 販売部 安藤浩二さん
 大阪市中央区難波4丁目1の15 近鉄難波ビル5F TEL06・6644・6540
●神奈川県横須賀市在住 竹間さん一家
●井本動物病院・院長 井本史夫さん
 神奈川県横浜市青葉区美しが丘5丁目29の11 TEL045・902・3134
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