ペットのための快適生活情報P-WELL
HOMEへもどる
 
P-WELL REPORT
 
バックナンバー

日高山脈を背景に、広々とした十勝平野の白銀のなかを、
一頭、二頭、三頭、四頭、六頭引きの犬ぞりが、次々に駆けだしていく…。
いまや本場、北海道をはじめ、東北や 関東、信州にまで普及してきた犬ぞりの魅力を探ってみた。

犬たちが、あ、お母さん転んだから、
待っててあげようって(笑)


 十勝平野の雪原を、いくつもの犬ぞり隊が懸命に駆けぬけていく。
「ゴー・アヘッド!」(それ行け)…
「ハー、ハー!」(左へ)…
「ジー、ジー!」(右へ)…
 耳をすますと、犬ぞりに乗る女性マッシャーの鋭い声が、ときおり、寒気を切りさいて聞こえてくる。トレール(走路)が登り勾配なのか、犬たちが疲れたのか、少しスピードが落ちる。
「ゴー、ゴー!」
マッシャーは片足をそりに乗せたまま、もう一方の足で雪面を蹴りはじめた。
 勢いづいた犬たちが疾駆する。
ハスキーに自転車を引かせると、表情が変わる。それなら、犬ぞりをさせてあげたいな、と/高山良太さん
 最後のカーブを曲がると、目前のゴールまで一直線。親指ほどの大きさだった六頭の犬たちが、ぐんぐん間近にせまり、吐息も荒く、ゴールになだれ込んだ。ブレーキを踏み、そりを止めたマッシャーがスタッフと一緒に犬たちに駆けより、ハーネスをはずし、愛犬たちの頭をなで、犬舎ともパドックともなる車のまわりに、一定間隔でつないでいく。
 マッシャーは、レースの余韻にひたる間もなく、車の後部にまわり、特製スープをバケツに汲んで、犬たちの食器についでまわり、一頭ずつ抱きしめた。
「途中、トレールが雪に埋まっていて、一瞬、犬たちの姿が見えなくなってェ…」
 サングラスをはずした顔から、はずむような笑みがこぼれた。
 背後で歓声があがる。次の犬ぞりがゴールに近づいてきたようだ…。
 二月九、十日の二日間、道央の中心・帯広市から南に三、四十キロメートル、十勝平野の南西端に位置する北海道河西郡中札内村で、「第1回ジュニア・レディース日本選手権in花畑牧場」が開催された。
 九日朝、レース開始の一、二時間前、会場となる花畑牧場の駐車場には、車上にそりを載せ、地元帯広やずっと山向こうの富良野、札幌、道南の渡島半島、あるいは海の彼方、関東などから、何頭もの愛犬と一緒にやってきた参加者とその家族たちの車が何台もならび、だれもが犬の世話やそりの手入れに没頭していた。やがてマッシャーミーティングが始まり、レース間際の緊張感が、女性マッシャーたちの表情にただよった。
自分の犬を育てて、一緒に走れるのがいいです/宮口真理さん
 最初の六頭引きレースに出場する、札幌から来た佐々木美貴子さんが、「六頭引きは初めてなので、心臓がドキドキしています」といいながら、犬たちをなでた。
 佐々木さん夫妻の犬ぞり歴はもう十一年。最初はご主人が中心で美貴子さんはサポート役だったらしいが、いつの間にか、ご主人が仕事の都合で出場できないとき、代わりにレースに出るようになったという。
「犬ぞりのスピード感がすごいですね。時速三、四十キロで、人間にはないパワーでしょ。レース前、主人に、転ぶなよ、と言われますが、よく転んで…。でも、ケガはないです。犬たちが、あ、お母さん転んだから、待っててあげようって(笑)」
 横からご主人が「トラブルが心配でね。犬にトラブルのないのがいちばん。そして勝てればそれに越したことはないんですが」と。


愛犬と力を合わせて走る一体感がいい

 レース開始前、スノーモービルが整地用のタイヤを何度も引いて、トレールを巡回。午前九時半すぎ、「6Dogレディース」(六頭引き・距離八キロ)の犬ぞりレースが始まった。
 大会初日は風が強く、昨日降った粉雪の名残りが、砂嵐のようにを吹き荒れるコンディション。トレール整備のあいだ、はやる気持ちを抑えかねていた犬たちもマッ
シャーも、ようやくゴーサインが出て、スタート地点に入り、カウントダウンを待つ。いざ、スタートとなれば、最初、力いっぱい駆けながらそりを押し、すばやくそりに飛び乗って、第一カーブに挑んでいく。
やめたいって言ってたんです(笑)。でも、第1カーブを曲がると、よし、行こう!って/山内京子さん
 次におこなわれる「4Dogレディース」(四頭引き・六キロ)にそなえて待機する、道南の砂原町から参加した藤澤洋子さんは、犬ぞりの面白さについて、
「ひとりじゃできないし、犬だけじゃできないし、力を合わせてゴールまで帰ってくる一体感ですね。それに犬と自然のなかを走る爽快感…」と、林のあいだに消えていく六頭引きの犬ぞりに視線を走らせた。
 スタートから二十分近くたっただろうか。
ゴール地点のずっと先、木立のすき間から最初の犬ぞりがこちらに向かってくるのが見えた。やがて、犬ぞりが次々にゴールイン。
「6Dogレディース」第1ヒートトップの、札幌から来た宮口真理さんが照れながら、ガッツポーズ。「中学のとき犬ぞりレースに行って、はまりました。今日はうちの犬じゃないんですが、犬ぞりは、自分の犬を育てて、一緒に走れるのがいいですね」
 しばらくして、少し遅れてスタートした「4Dogレディース」の犬ぞりが、順にゴールに到着する。
 レース後、犬たちの世話にかかりきりの、札幌からやってきた山内京子さんに声をかけた。
「私、六十三歳で、きっと最年長だと思います(笑)。四頭引きだと左右の力が安定して走りやすいですね。ラインも六頭引きより短いから、カーブも曲がりやすい。でも、スタート前は緊張します。実は昨日から、やめたいって言ってたんです(笑)。でも、スタートして、第1カーブを曲がると、よし、行こう!って」
とにかく、みんなで走ってきたというのが楽しいですね/松崎朱莉さん
 最後に「4DOGジュニア」に唯一参加した、富良野の松崎朱莉さんが、ひときわ高い声援のなか、ゴールを駆けぬけてきた。上気した笑顔で、十四歳です、と言う。「まったくコースのないところもあったけど、犬がわかっていたので…。とにかく、みんなで走ってきたというのが楽しいですね」
 父親の松崎均さんが、ほっとした表情で話に加わった。「レース中、トラブってるん
じゃないか、タングル(からむ)してるんじゃないか、と、心配ばかりです。途中でトラブったら、ひとりで直さないといけないでしょ。
子どもたちの姿が見えてきて、はじめて安心できるんです。犬ぞりは、ロープ一本と掛け声だけで、犬がいかに言うことを聞いて、走ってくれるか。うちには三人子どもがいますが、自分たちで犬を飼って、手をかけて育てて、練習して、犬ぞりレースに出る。ものすごい人生勉強になると思います」


夢はアラスカでの、犬ぞり世界チャンピオン

 取材で歩きまわっていると、大きなマイクロバスが目についた。ナンバープレートを見ると、「群馬」の文字。車のなかには、ケージが何段にも積まれていて、犬たちがおとなしく入ってる。次のレースに出るらしい犬たちは、車のわきにつながれて、スタンバイ。三頭引きと二頭引きレースに出場するという田島明巳さん夫婦と十一頭の犬たちの専用車だ。
「お父さん(ご主人)が昔、腰痛になったので、リハビリのため、散歩犬としてシベリアンハスキーを飼ったんです。地元が草津温泉で、十年ほど前、犬ぞり大会があるというので、試しに出場したのがきっかけです。最初、そりの乗り方がわからなくて、少し苦労しましたが、慣れると楽しいですね。犬たちと長い距離を走ると、いろんなドラマがあって、ね。今月、北海道では毎週、犬ぞり大会があるので、主人と一カ月駆けまわっています」
「3Dog」レースのあと、昼食休憩となった。大会進行を務める日本犬ぞり連盟(JFSS)事務局長の吉住憲廣さんに犬ぞりの面白さについて、たずねてみた。
「よく犬と人の一体感というけど、その通りなんです。三頭引きなら人もがんばって四頭引き。六頭引きなら、人もがんばって七頭引き。ただ乗ってるだけじゃなく、人も犬の一頭になりきれないと、勝てないんです」
 つづいて吉住さんは、レース参加者の年齢層の幅の広さを強調して、「四頭引きに出た山内さんは六十三歳。六頭引きに出たあさみは、たしか十七歳」と言う(あさみさんとは、「カントリー娘。」のひとり、木村あさみさんのこと)。六頭引きや四頭引きでは、六十代から十代まで同じレースでタイムを競い合う。一頭引きや二頭引きなら、小学低学年や幼稚園児でも一人前に犬ぞりに乗って、ゴールできる。
「それに、どんな犬でも出られます。血統書なんか関係ない。その犬が健康で走ることが好きだったら、大丈夫です」
 吉住さんによれば、四頭引きや六頭引きなど本格的な犬ぞりレースに参加する犬たちは、秋九月になると筋肉トレーニングを開始し、体をしぼり、パワーをつけていく。そうして雪が降ると、そりを引いて、スピードトレーニングをくり返す。たしかにどの犬も、ひきしまって、精悍そのものだ。ちなみに、犬種で多いのは、アラスカンハスキーやシベリアンハスキーだが、ふだん街でみかけるぽっちゃりとしたハスキーはほとんどいない。どの犬も、まるで水を得た魚のように、喜々として真っ白いトレールを走っていく。    
「アラスカでは」、と、吉住さんの言葉が熱をおびてきた。プロクラスのアンリミッティド(無制限)クラスというのがあって、何十頭犬をつけてもいい。それで一日四十キロぐらいずつ三日間走って、世界チャンピオンを決定する。その世界チャンピオンに元札幌の市営バスの運転手をしていた人がなったことがある。いま、その人はアラスカに移住して、プロになった、と。
「花畑牧場のオーナーで、この犬ぞり大会の大会長を務めているタレントの田中義剛さんと話しているんですが、将来、ここから世界選手権に出るような選手を育てたい、と、今回、新たにジュニア大会も始めたんです。今日、大阪からシベリアンハスキーを連れて来る予定の小学生もいます」
 その小学生とお父さんに、大会二日目の朝、会うことができた。はじめに、大阪のどちらですか、とたずねると、小学六年生の勇希君をサポートする父親の高山良太さんが、「上品な岸和田です」と即答。吹きだした。
 高山さん親子は、もともと、自宅の愛犬に自転車を引かせるギグレースを楽しんでいた。
「ハスキーを走らせると、表情が変わる。あるとき、雪の上で走らせたら、また表情が変わったんです。それなら、犬ぞりをさせてあげたいな、と思っていると、偶然、そりが手に入って、近くの林道を走っていたんです。
 ちょうど去年の正月休み、アラスカに住んでいる大阪出身の冒険家・船津圭三さんをたずねて、息子の勇希と遊びに行きました。そして、船津さんのリードで、2日間、アラスカの原野を三十マイルほど犬ぞりで走ったんです。もう最高でした」
 二日間の犬ぞりの旅を終え、ホテルにもどった高山さんは、勇希君に感想をたずねてみた。すると、勇希君が、「時間が止まったみたいや」と、つぶやいた。「それを聞いたとき、ボク、涙が出そうになりました。犬ぞり、やらしてよかったァ。ボクは、なんて幸せな父親なんやろ、と」

*この記事は、2002年3月15日発行のものです。

取材協力
●日本犬ぞり連盟(JFSS)事務局長 吉住憲廣さん(北海道札幌市)
●花畑牧場 持田裕之さん(北海道河西郡中札内村)
●「第1回ジュニア・レディース日本選手権in花畑牧場」出場のみなさん
  Top of page ▲
<< [前の記事] [次の記事] >>