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最近、ペットの世界でも温泉療法や、
鍼灸・マッサージなどの東洋医学が注目されている。
リハビリのために、愛犬と一緒にじっくり温泉につかる。
痛みをとり、からだのバランスを整えるために鍼灸治療を受ける。
西洋医学では効果の見られない病気や症状が、
改善する例も少なくない。
今回は、動物たちの病気治療やリハビリに役立つ、
温泉療法や鍼灸治療の現場をたずねてみた。
 
 
温泉療法研究に取り組む川瀬先生(後列右端)

広い温泉プールで、スキンシップを
味わいながら、リハビリに専念


 高齢のグレート・デン「あみゅーず」が飼い主の藤平久仁子さんに伴われて、群馬県富岡市にある「ドッグ・スパとみおか」にやって来た。後ろ足の不自由なあみゅーずはよろけながら、それでもどうにか自力歩行で館内に入っていく。
 温泉療法(ハイドロテラピー)を指導する川瀬清先生が、あ みゅーずの動作をビデオ撮影しながら、「最初は抱きかかえるようにしないと入浴できなかっ たんですが…」とつぶやいた。川瀬先生によれば、あみゅーずは、一年半ぐらい前に頚椎のずれ症で腰がふらつきだし、歩けなくなった。ちょうど、ドッグ・スパとみおかが平成十三年十二月にオープン。この半年あまり、月に二回ぐらい、さいたま市からリハビリテーションのために通 っているという。

月に2回、リハビリに通ってくる「あみゅーず」。
 

 シャワーを浴び、シャンプーをすませたあみゅーずは、ライフジャケットを着て湯気のゆらめく温泉プールに入り、藤平さんに抱っこされながら気持ちよさそうに浮かんでいる。
 しばらくして、ミニチュアダックスフントの一団が入場してきた。なかに一頭、車椅子姿の犬がいた。千葉県から来た種元桂子さん宅の愛犬「レノ」である。治療を受けている大学病院の紹介で、今回はじめて、温泉療法にチャレンジしたという。
 水の苦手なレノは、シャンプーのあと、浅く小さな浴槽に入れられ、種元さんの足元で神妙な表情でじっとしていた。プールサイドには仲間のミニチュアダックスたちが、かっ歩する。なかには、ドッグ・スパのスタッフに連れられてプール中央まで進み、プールサイドの飼い主に向かって、懸命に犬かき泳法で泳ぐ猛者もいて、歓声がわきあがった。
 ドッグ・スパとみおかは、元気な犬たちには楽しい温泉プール遊び、からだの不自由な犬たちには、飼い主とのスキンシップを味わいながらのリハビリテーションの場となるわけだ。

飼い主の藤平さんに身をゆだね、気持ちよさそうに温泉プールに浮かぶ。

 「温泉療法は、温熱効果で抹消の毛細血管や小動脈、静脈などを拡張して血流量 が増加するので、関節痛や筋肉痛の“痛み”をやわらげます。また、静水圧が体表にかかって、皮膚の表面 の静脈から多くの血液を心臓に戻して、心臓の血流量も増えます。そのうえ、浮力の働きで低重力状態となって、足腰の関節を無理なく動かすことができます」と川瀬先生は言い、「ただし、事前に精密な検査、診断をし、専門の獣医師が症状に合わせてきちんとしたリハビリテーションプログラムをつくって温泉療法をおこなわないと、病気によっては逆効果 で症状が悪化することもあります」と、つけ加えた。

 


 
「温泉療法」の有効性を科学的に証明して、
もっと獣医療に役立てたい


はじめて、温泉療法に訪れた「レノ」。
 日本ではじめての犬の温泉療法施設「ドッグ・スパとみおか」開設の経緯を、マネージャーの市川朗さんにたずねた。市川さんによれば、平成九年、この施設の近くに天然富岡温泉「湯楽とみおか」が オープンした。すると、愛犬と暮らす入湯客が、愛犬だけを自宅に置いておけない、と連れてきて、車の中で留守番させることも少なくなかった。そのうちに、「入浴中、どこか預かってくれるところはないか」という声が高まり、市川さんはペットホテルのような施設を企画。知り合いの川瀬先生に相談した。
 「温泉」と聞いて、川瀬先生は、手術後のリハビリや犬たちの運動不足と肥満対策、皮膚病などの治療もできる温泉プールを併設すれば、と提案。ドッグ・スパとみおかが実現することになった。
 三十年ほど前から鍼(はり)治療を獣医療に取り入れてきた川瀬先生は、ドッグ・スパとみおかの開設によって、温泉療法研究に取り組みはじめた。これまで、足をひきずり、歩けなかった犬が三回の温泉療法で、自ら歩いて上がれるようになったり、皮膚病(アカラス)に悩んでいた犬が、わずか二回の入浴で治ったり、という症例も現れた。
入浴前に、まずシャンプー。
 

 
水の苦手な子や小型犬には、浅い小さな浴槽もある。
 しかし、それがどんな理由でよくなったのか、明らかではない。これから、なぜ温泉療法がいいのか、本格的に科学的な実証研究を始めたい、と川瀬先生は言う。その第一歩として、川瀬先生は、先の「あ みゅーず」や「レノ」など、自ら温泉療法をおこなう犬たちの入浴前、入浴中、入浴後の様子をビデオ撮影し、温泉療法の効果 を映像で記録。検討材料に活用している。
 「私は外科医ですが、正直な話、高度な整形外科手術をしても、百%効果があるとは言えません。しかし、手術だけでは治らなくても、術後、適切なリハビリテーションをおこなえば、治るケースも少なくありません。この施設を、そんな犬と飼い主さんの“受け皿”にできればいいな、と思っています」
 そう言って、愛犬が歩けないというのは、ほんとに大変です、と川瀬先生はつづけた。
 「犬は自分の体重の六十%を前足で、四十%を後ろ足で支えている。だから四本のうちの二本の足が動かないと歩けない。でも、どちらか一本の足でも動くようになれば、三本の足で体重の八十五%を支えることができ、歩けるようになるんです。もともと、日本でもヨーロッパでも、鹿やオオカミなどの野生動物に教えられて温泉を発見したという話がいくつもあります。温泉療法の有効性を科学的に証明して、もっと獣医療に役立てたいですね」と。

入浴後の濡れたからだは、トリミングルームで乾かしてから帰宅。
 
 
獣医療の基本は、触診・聴診・視診など、
獣医師の五感、経験、感性に訴える診断


ピックアップ・マッサージをする石野先生。
 神奈川県鎌倉市には、鍼灸治療や漢方薬を取り入れた“中国・西洋結合”獣医学治療で知られる「かまくらげんき動物病院」がある。
 院長の石野孝先生は、獣医科大学卒業後、中国に留学して鍼灸、漢方など東洋医学を身につけた。聞けば、父君が鍼灸師。しかし子どものころ、石野先生は、鍼灸治療が暗示で気持ちがよくなるような、科学的根拠の乏しいものと感じていたという。その後、動物好きも後押しして、父が仕事とする鍼灸治療を、暗示のかからない動物を対象に科学的に解明したくて獣医科大学に進学した。ところが大学で学ぶのは西洋獣医学だけ。しかたなく、石野先生は、東洋医学への想いを胸に秘めたまま、卒業。農業高等学校の教職員となった。
 勤め先の学校で、石野先生は中国産「梅山豚(メイシャントン)」の飼育を始め、中国への興味が再燃。夏休みの一カ月、鍼灸の勉強のため、中国・内モンゴルへ行った。帰国後、校内飼育の親ブタで足が悪く立てない一頭に鍼治療すると、間もなく立ち上がり、すたすた歩くなどの事例がつづいた。改めて鍼治療の威力にめざめ、年来の夢実現のため教職をなげうち、自ら“現代の遣唐使”と称して二年間、中国に留学。本格的に東洋医学を学んだ。
愛犬ケンちゃんに鍼治療。犬猫によく用いられる「ツボ」は約70ほど。
 なお、日本に持ち帰った貴重な専門書は約二百キロにも達したとか。文字通りの“遣唐使”だった。そうして帰国後、身につけた東洋医学の心と知識と技術を生かすために、動物病院を開業したのである。
 東洋医学の良さについて、石野先生は、「西洋医学は検査技術が進んで、的確な診断を下すことができるようになったのですが、機械的な検査に頼りすぎると、検査で“異常”が出なければ、どう治療していいかわからなくなります。獣医療の基本は、東洋医学の基本となる触診、聴診、視診など、獣医師の“五感”“経験”“感性”に訴える診断じゃないでしょうか」と語りはじめた。
 たとえば…と、石野先生は実例をあげる。原因不明の下痢がつづき、下痢止め薬の投与や腸炎の治療で治らなかった犬を診断すると、東洋医学でいう「心(しん)」(西洋医学の「心臓」に近い)が悪かった。「心」に異常があると、「下痢」が起こる。そこで、適切な鍼治療をおこなうと下痢が止まった。また、心不全やがんの末期症状で、西洋医学的な治療では効果 がないケースでも、鍼治療や漢方薬で症状が改善したり、はげしい痛みがおさまり、“生活の質”が向上した例もたくさんあるという。。 

 
即効性の「鍼」、持久性の「灸」、
癒し効果の犬猫「マッサージ」


「温灸」をされリラックスするチャオ。灸はじわじわ効いてくる。
  「しかし、鍼灸治療などの東洋医学は、決して万能でも、ミラクルを起こすわけでもありません。動物のもっている自然治癒能力を引き出して、症状を改善していく治療法です」と、石野先生は強調する。はじめに適切な診断をして、その病気、その症状に西洋獣医学の治療がいいのか、東洋獣医学の治療がいいのか、その併用がいいのかを見きわめ、鍼灸治療などが有効だと判断した場合だけおこないます、と。
 実際、石野先生の病院で実践されている獣医療の九割以上が西洋獣医学。「原因不明なのに鍼灸治療をやっても意味がありません」。また、椎間板ヘルニアなどの症例も、症状が出はじめたときに、適切な西洋獣医学的な救急治療がしっかりできていれば、鍼治療の効果 も高くなるが、そうでないと、鍼をしてもむずかしいという。
 石野先生は、愛犬のチャオとケンちゃんを診察室に呼んで、鍼灸治療のやり方を説明してくれた。石野先生は、犬猫には約七十ほどの「ツボ」をよく用いるとのこと。それらの「ツボ」は、東洋医学的な考え方で言えば、「経絡(けいらく)」といわれる、「気」と「血」と「水」の流れる「流路」上に並んでいる。それらの「気」と「血」と「水」の循環が悪くなれば、病気になる。だから、鍼や灸、さらにレーザー光を照射して、からだの「ツボ」を刺激することで、「気」と「血」と「水」の循環を正常に戻してあげるわけである。
 「鍼は即効性がありますが、効力は一日、二日ほど。反対に、灸は急に効きませんが、持続性があります。とくに温灸は簡単な道具さえあれば、自宅でできますから、愛犬や愛猫にしてあげてください。温灸には“補”の作用があって、病気などで消耗したからだの“気”を補してくれるんです」
レーザー光で、からだの「ツボ」を刺激する。消炎鎮静効果 や細胞活性化効果も。
「愛犬が気持ちよさそうな顔をすると人も癒されます」と、マッサージ。
 そういって、石野先生はチャオの肩やお腹、頭に温灸をした。そのあと、レーザー治療機器を運び込み、「レーザー治療は、鍼と灸を兼ね備えたもので、そのほか、消炎鎮静効果 や細胞活性化効果もあります」と説き、レーザーの赤い光をチャオのからだに照射する。チャオは心地よさそうに診察台の上で大の字になって寝転んだ。
 それから、と石野先生はつづけた。「はっきりとした病気とはいえなくても、人と同じような“不定愁訴”に悩んでいる犬や猫が増えています。そんな動物たちにマッサージをしてあげたらいいですよ」と言いながら、楽しそうにチャオの顔や背中の皮膚を引っぱるピックアップ・マッサージをしてみせてくれた。「愛犬が気持ちよさそうな顔をしていると、気づかないうちに人間のほうが癒されています。人が癒されると、動物が癒される、と、めぐりめぐっていきます」
 ユーモラスなチャオと石野先生の表情を見ているだけで、こちらまで愉快な気分になってきた。愛犬、愛猫のマッサージの輪が広がれば、まず家の中が、そして、ギスギスした世の中がいくらかでも明るく、楽しくなっていく かもしれない。

*この記事は、2003年2月20日発行のものです。

 
取材協力
●川瀬獣医科病院院長 川瀬清さん
●ドッグ・スパとみおか マネージャー 市川朗さん
●かまくらげんき動物病院院長 石野孝さん
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