 |
| 宮さんと愛猫ボー |
被害の大きかった川口町北端の山中、荒谷地区に住む宮敏子さんは大の猫好きで、自宅には四匹の猫がいた。土曜日の夕方、突然、音を立てるように地面が揺れ、宮さん一家は、基礎から傾いだ家を飛び出し、道路の反対側、何本か茂る大樹の根方に避難した。周りの山肌が次々に崩れ、生きた心地がしない。パニックになった四匹の猫たちは、戸外へ、あるいは倒れた家具の間か押入れの隅に逃げ隠れ、保護することもできなかった。
宮さん一家を始め、地区の人々は公民館前に集まり、その夜はたき火をして野営。翌日、あちこちが土砂に埋まり、半ば崩れた道を車で脱出。信濃川河岸に近い小学校の校庭に避難した。「余震が強くて、車の中に逃げ込んだり、体育館に戻ったり」。そんな避難生活が始まり、敏子さんは、愛猫たちを案じ、検問を通り、自宅へ食べ物を運ぶのが日課となった。
ある日、壊れかけた自宅に入ると、魚の腐敗臭がする。なんと、生活力のある愛猫「ボー」ちゃんが、外に出たこともない愛猫「ミク」のために、自宅裏で飼っていた錦鯉のうち、地震で死んだ鯉を自宅に引き込んで食べさせ、自活していたのだ。隣家の縁の下で四日間、飲まず食わずでおびえていた愛猫「チー坊」も、やがて自宅に戻ってきた。
しかし、地震発生時、敏子さんの膝の上にいた臆病な愛猫「ナナ」ちゃんは、裏山に逃げ込んだまま。ようやく一か月後、よたよたしながら自宅に戻ってきた。「わたしが抱っこすると、ニャオ、ニャオと鳴いて…」。ナナちゃんは衰弱が激しく、すぐに動物病院へ。しかし入院二日目、「危篤」の知らせで駆けつけた時はすでに、あの世に旅立っていた。
 |
| ナナちゃんとそっくりな"ナナちゃん2号" |
その後、敏子さんは自宅で二匹の野良猫に出会った。一匹が、亡くなったナナちゃんとうり二つ。たまらず、敏子さんは「ナナちゃん2号」と名づけ、飼うことにした。「お前、猫でそんなに苦しまなくても」と言うご主人に、野良猫を見捨てられず、何匹も保護し、里親を探してきた彼女は「苦しむのが好きで苦しんでいるんだから(笑)」と答えたとか。
なお、仮設住宅入居後、敏子さんは“箱入り娘”のミクと新参の二匹を連れてきた(一匹の猫は小千谷在住の人にもらわれた)。生活力のあるボーちゃんとチー坊は、収穫後の米の番を兼ね、地震前と同じく、自宅の向かいに建つ作業所暮らしに復帰した。
|