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もし飼い主が先立つことになったら… 遺されたペットにしてあげられること


ペットを遺して先立つことになるかもしれない。
特に高齢者がペットを飼う場合、
そんな「もしも」の時のことを考えておくことも大切ではないだろうか。
人間の「ペットロス」のように、
飼い主を亡くしたペットがなることがある「オーナーロス」。
万一の時にペットを引き取ってくれる専用の施設。
もしもの時に備え、遺されたペットのために
してあげられること、飼い主を失ったペットが
どうなるかなどについて取材した。



新たな“幸せ”の道を探して

真弓さんの呼びかけに、しっぽを振って応えるサム

 7月のある日曜の午後、推定3、4歳の「サム」と名付けられたゴールデン・レトリーバーが、愛知県から埼玉県の飛田和さん宅まで連れて来られた。妻の真弓さんは、長旅に疲れたサムと少し散歩したあと、水を飲ませ、優しくなでながら、「幸せになるために来たのね」と語りかけた。
 ここまで、サムはどんな道をたどって来たのだろうか。

 愛知県のある町に、何頭もの犬たちと暮らす老夫婦がいた。2年前、おばあさんが亡くなったあと、おじいさんはふさぎ込み、愛犬たちが唯一の慰めとなった。
 ところが、今年5月、近所の人たちが「このごろ、おじいさん、犬の散歩に出かけていないけど、どうしたんだろうか」と心配し、様子を見るために訪問。死後かなりの日数がたったおじいさんを発見した。遺体の周りには、やせ衰えたゴールデンが3頭、うずくまっていた。家の中を見回すと、他に餓死した母子2頭がいた。子犬は生後まもなくで、死んだ母犬の乳首を口に含んだまま息絶えていたという。
 極度の飢餓、脱水状態だったゴールデン3頭を保護した愛知県動物保護管理センターでは、夜間のケアができないため、動物保護団体「GRCJレスキュー・プロジェクト」会員で、愛知県在住の安藤久美子さんに彼らの保護を依頼。引き取った安藤さんたちによる懸命の介護と動物病院での治療の結果、少しずつ元気を取り戻していった。
 その後、「GRCJレスキュー・プロジェクト」のホームページで、3頭のうち、回復が早いオス犬「サム」の里親募集を始めると、関東方面で何名か希望者が現れた。東京在住の会員・川島光子さんがコーディネート役となり、しばらく埼玉県在住の会員・飛田和さん宅で預かってもらい、サムの性格を見極めながら、最もふさわしい里親を探すことになった。
 そしてこの日、朝6時半、安藤さんの車で愛知県を出発したサムは、中央自動車道を旅して諏訪インターへ。同インターで、東京から迎えに来た会員の蓑原素子さんの車に乗り移ってさらにドライブを続け、午後2時すぎ、愛犬2頭と暮らす飛田和さん宅にやって来たのである。
せめてもう少し早く…
 

体をなでてもらって、ご機嫌のサム

 

飛田和さん宅の愛犬うみと一緒のサム

 川島さんによれば、GRCJレスキュー・プロジェクトは、不幸なゴールデンを保護し、里親を見つける活動を行っている組織である。母体となる「GRCJ」とは、ゴールデンの愛好家たちのクラブで、各地に500名ほどの会員がいる。9年ほど前、会員の中で、病気になったり、どうしても飼えない事情ができたりした人たちが現れた。その時、「彼らの窮状を見過ごすに忍びない。会員同士でその犬たちを引き取ってあげられないか」と声をあげた有志たちが中心になって「レスキュー・プロジェクト」が結成された。
 以来、各地の動物保護管理センターで保護・収容され、譲渡先の決まらないゴールデンたちの保護活動に積極的に乗り出し、この9年間で400頭ほどの犬たちが新しい飼い主と巡り合い、幸せな生活を送るようになった。実は、サムを預かった飛田和さん宅の愛犬「ふう」と「うみ」も、それぞれ、保護された東京都動物愛護相談センターと愛知県動物保護管理センターから引き取られてきた犬たちだった。
 「やはり、飼い主には最後まで飼ってほしいのは当たり前ですが、それができないのなら、せめてもう少し早く、どこかで助けてもらうことも、その子への愛情だと思います。今回のおじいさんも、少しでも元気な時に手放してくれていたら…」。川島さんは、リビングの片隅で昼寝しだしたサムをしばらく見つめ、気を取り直したように、「サムはほんとにいい子で、きっとおじいさんもかわいがっていたんだと思います」と続けた。
GRCJレスキュー・プロジェクト
http://www.grcj.org/rescue/policy.htm
人と動物の長寿化社会の影に

飼い主とはぐれて保護・収容され、飼い主の迎えを待つ犬たち

 東京都動物愛護相談センター指導監視係主任の井手能子さんによれば、飼い主の意識の向上や、しつけ、室内飼養の普及などで、都がやむを得ず引き取ったり、保護・収容したりする動物は、この20年で以前の6分の1ほどに激減したという(平成16年度で11,800頭あまり)。また、現在、収容される犬たち(平成16年度で3,170頭あまり)の3分の2近くが元の飼い主に返還され、都が行う譲渡事業や民間団体が行う新たな飼い主探し活動の成果で、譲渡される犬たちも収容頭数の6分の1ほどに増えてきた(平成16年度)。
 しかし、「これ以上飼えないので」と引き取りを希望する飼い主も、もちろんいる。そんな場合、都では安易な引き取りはせず、動物の終生飼養が飼い主の責務であること、どうしても飼えないのなら、自力で新しい飼い主を探すことを勧め、動物病院などでのポスター掲示や地域情報誌での告知、インターネットの活用など、具体的な飼い主探しの方法をアドバイスしている。
 それでも、独居の人が年を取って病気になり、入院したり、突然亡くなり、遠方に暮らす家族がどうしても飼えなかったりして、都が引き取らざるを得ないこともある。そんな場合は、“致死処分”が前提となる。いかに譲渡頭数が増えてきても、その犬が確実に新しい飼い主と出会えるかどうかは不明で、飼い主からの安易な引き取りを避けるためである。「老人ホームに入らなければいけないからと、お年寄りが泣きながら連れて来られると、わたしどもも心が痛みます」。
 室内飼いで大事に育てると、犬や猫たちは15年、20年と生き、その間に人間の生活が大きく変わっていても不思議ではない。「そんなライフスタイルの変化を見据えて飼っていただければ」と井手さんは結んだ。
東京都動物愛護相談センター
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/douso/
飼い主に先立たれた愛犬の「心の傷」と向き合う
 犬や猫と飼い主との余命が逆転しがちな社会状況の中で、「ペットロス」ならぬ、飼い主に先立たれる、いわば「オーナーロス」に注目するのが、「Pet Clinic アニホス」のNutritional Health Consultant(ペット栄養管理士)・奈良なぎささんだ。
 奈良さんがオーナーロスについて考え始めたきっかけは、1年ほど前のある朝の、愛犬との散歩時だった。前方から顔なじみのキャバリアが「お父さん」と歩いてきた。しかし、その子は「別の犬かな」と思うぐらい元気がなく、年老いて見えた。奈良さんが、「奥様はお元気ですか」と尋ねると、「昨年8月、ホスピスで亡くなりました」という答え。かわいがっていた「お母さん」が亡くなったあと、その子はお父さんのそばを離れなくなり、1年ほどしてようやく、ひとりで留守番ができるようになったのだとか。
 奈良さんは、「現実を受け入れ、生きていく強さを持っていると思っていた動物が、飼い主が亡くなってこれほど深い悲しみを感じるとは…」と驚き、ふと、父親を亡くした時の、自分のショックを思い起こした。
 犬がオーナーロスになりやすい環境は、近所付き合いがほとんどない、犬同士のあいさつをさせない、あるいは常に犬と一緒にいるなど、周囲とのコミュニケーションが少ない分、犬と飼い主とのつながりが密な場合が多い、と奈良さんは考えている。そうなれば、犬も社会性が身につかず、また、ひとりの時間が少なくて、犬としての自立心も芽生えない。そして、飼い主に先立たれるなどの場面に直面すると、他に心を通わせる人も犬も見つからず、深い悲しみから抜け出すことができない。あるいは時間がかかる。
愛犬のオーナーロスを防ぐために
 では、オーナーロスを防ぐために、どうすればいいのか。「まず、飼い主自らが社会的な接点を持つことが大事ではないでしょうか。そして愛犬にも、他の犬とあいさつさせたり、遊んだりさせること。また、家の中で、愛犬自身の居場所を作り、ひとりでのんびりさせてあげたり…」と、奈良さんは言う。
 それとともに、自分に何かあった場合、愛犬の面倒を見てくれる人をあらかじめ見つけておき、できるだけその人と一緒の時間を作っていく。また、普段から、食事や散歩の内容、性格やかかりやすい病気などをノートに書き留めておく。「そんな配慮や準備が大切です」と力を込める。
 そして、万一、飼い主が亡くなった場合は、後を託された人が、愛犬を飼い主の遺体に対面させる。「父が亡くなった時、ずっと帰りを待っていたうちの犬が、父の遺体のそばに来て、クンクンにおいをかぎ、体温を感じなかったんでしょうね。それから二度と近づきませんでした。その時、あ、動物って、“今を生きる”ことに懸命で、体温のない生き物は“別の世界”の者と見なすんじゃないか、と思いました」。
 奈良さんは、「かの忠犬ハチ公も、飼い主の遺体に対面せず、だから、まだ生きていると思って、いつまでも渋谷駅前で待っていたのかもしれないですね」と言い添えた。
奈良なぎささん
Pet Clinic アニホス
Nutritional Health
Consultant(ペット栄養管理士)
http://www.anihos.com/
「キャットシッター」体験から始まった「猫の森」プロジェクト
 新宿から京王線で20分あまり。多摩市郊外のマンションの一室に、猫と暮らす人が万一、入院や死亡、その他で世話ができなくなった場合、その人に代わって猫を生涯にわたって世話するユニークな施設「猫の杜」がある。これは、元祖キャットシッターとして知られる南里秀子さんが企画・運営する「猫の森」プロジェクトの1号店として、02年秋に開設された。
 床はコルク材、壁は珪藻土と板材、棚は階段の“猫棚”で、そのまま天井のキャットウォークへ。部屋のコーナーには丈夫なつめとぎがあり、ドアには専用のくぐり穴。網戸を通して涼風が吹き、日当たりも申し分ない。
 現在の“住民”は、03年春から暮らす「チャー」と、猫の世話と施設の管理をする「猫ばぁ」(南里さんのお母さん)。床の間には、04年秋に亡くなった、チャーの元ルームメイト「チロ」の遺影が飾ってある。
 南里さんが猫の森の構想を抱いたきっかけは、キャットシッターを始めた92年のことだった。留守中の猫の世話を依頼してきたある人から、「自分が先に死んだら、うちの猫を預かってほしいと頼まれ、ハッとした」と当時を振り返る。
 その翌年、今度は、高齢の猫を亡くした、年配のひとり暮らしの女の人から、「ほんとは、また猫と暮らしたいけど、自分が先に逝っちゃったらかわいそうだから」と話しかけられた。「そういう人だからこそ、猫と暮らしてもらいたい。一緒に暮らせばきっと猫も幸せになるはず」。でも、その時、南里さんは、「大丈夫。もしもの時は、わたしが…」と答えることができなかった。
 それが自分でもくやしくて、「何とかしなくちゃ」と思ったという。検討の末、南里さんは、猫と暮らす人同士が“互助会”のような形で、猫の世話を引き継ぐネットワークができないか、と考え、その第一歩として、96年、猫への「遺言状」作りを提唱するシンポジウムを開催。大反響を呼び起こした。「でも、他の猫を引き受けてもいいよ、という人の家には猫が何匹かいて“飽和状態”。遺言状を書いても、実現する可能性は少ないことに気づきました」。
現代社会の問題を映す“猫の駆け込み寺”
 そこで生まれたのが、猫と暮らす人と事前に契約を交わし、万一の場合、その猫を生涯世話する猫の森プロジェクトだった。南里さんは、99年、自然に恵まれた伊豆半島に用地を購入して、準備活動を始めた。しかし、東京を本拠に仕事をする南里さんに、伊豆は遠すぎた。そこで、元の自宅マンションを大改装して、都会の中にモデル施設となる猫の杜1号店を開いたのである。
 最初の契約猫(生涯飼養)として猫の杜の住民となったチロは、脳腫瘍で亡くなった、ひとり暮らしの女の人と一緒だった猫で、ペット禁止マンションに住む娘夫妻からの依頼だった。しかし、南里さんによれば、いざ、という時のために契約を結ぶ人は、30代、40代の、仕事を持つ非婚のひとり暮らしの女性がほとんど。当初考えた年配の人たちについては、深刻な相談電話は数多いが、家族への遺産相続の問題などもあり、契約に至ったケースはまだないという。
 では、どんな猫たちがやって来るのか。例えば、猫の杜利用(3か月以上の短期滞在)第1号は、海外へ留学するひとり暮らしの女の人の愛猫「ダイ」だった。あるいは末期がんで余命1か月と診断された人から愛猫2匹を託されたり、夫の家庭内暴力がひどく、シェルターへ駆け込むという女の人から、「生活が落ち着くまで、うちの猫をお願いします」と依頼されたり。また、更年期障害に悩み、不本意ながら、自分の猫を虐待するようになった女の人からのSOSもあった。そんな話のあと、南里さんは、「これを始めてから、社会の病理みたいなものが一挙に押し寄せて来て、今では“猫の駆け込み寺”みたいになって」とつぶやいた。
 高齢化、非婚化、少子化、都市化などは急速に進行し、それとともにひとりで猫と暮らす人々も急増している。
 「猫の森プロジェクトなんて10年早い、と言う人もいますが、いざ、その時になってやろうとしても、できません。でも、今のままなら、もしわたしが明日死ねば、おしまい。今年9月には法人化して組織を作り、後を託せる後継者を育て、システム化していきたい」。南里さんの新たな挑戦が始まった。

心地良いコルクの床でくつろぐチャー


流し台の下に猫専用トイレ。
格子があるので、目立たない

昇り降り自由な「猫棚」

キャットタワーでつめとぎをする

元ルームメイトのチロの写真の前で食事

天井の下にはキャットウォークがある

ベランダから入る涼風が気持ちいい

南里 秀子さん 猫の森株式会社
http://www.catsitter.jp/neko_mori/ne_mori2.html


*この記事は、2006年8月20日発行のものです。


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