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この仕事ぶりに注目!「働く犬リポート」


近年、法律が整備されたことで、盲導犬、介助犬、聴導犬などの
「身体障害者補助犬」の知名度が上がっています。
そのようによく知られた犬たちの他にも、
日本で多くの「働く犬」が活躍していることはご存知ですか?
「麻薬探知犬」や「追い払い犬」など“職種”も
色々あり、彼らは各地で実績を残していますが、
その働きぶりはまだ人々に広く知られていません。
今回は、知られざる働く犬の仕事や訓練内容に注目してみました。



スーツケースやバッグなどのにおいをかぎ、麻薬がないかを調べるアグレッシブ・ドッグ パッシブ・ドッグは場内で旅客の携帯品や衣服を素早くチェックしていく 場内では数頭の麻薬探知犬が仕事に励んでいる 麻薬探知犬訓練センター内、訓練棟の外観 現役の麻薬探知犬が亡くなると祭られる犬魂碑 アグレッシブ・ドッグの訓練犬。大麻類のにおいつきのダミーが入った箱に懸命にアタック! コンベヤーの脇に並ぶ箱類を順に調べていくパッシブ・ドッグの訓練犬 ダミー。これで思いきり遊んでもらえることが麻薬探知犬にとってのごほうび

ハンドラーと心を通わせ、国際空港などで活躍する「麻薬探知犬」

 ゴールデンウィーク直後の成田国際空港第2旅客ターミナル。到着したばかりの国際線旅客機から旅客手荷物がソーティング場(手荷物荷さばき場)に運ばれ、ベルトコンベヤーに載せられ始めた。
 脇に待機していた麻薬探知犬が、ペアを組む東京税関・成田税関支署職員(ハンドラー)の指示でコンベヤーに飛び乗り、次々に流れてくるスーツケースやバッグ、段ボール箱などのにおいをかぎながら、素早く前進。途中でターンして手荷物のにおいをかぎながら戻ってくる。コンベヤーの端まで戻ると、またターンして、手荷物の流れをさかのぼる。そんな動きを何度も繰り返し、その間、ハンドラーは注意深く探知犬の動作や表情を見ながら“怪しい”手荷物があるかどうかを調べていく。
 国際空港の、ソーティング場での手荷物、税関検査場での航空貨物、国際郵便局での航空郵便物などを調べる麻薬探知犬を「アグレッシブ・ドッグ」という。彼らは、麻薬類のにおいをかぎ取ると、前足で対象物を引っかいて、ハンドラーに知らせるのを特長とする。
 一方、旅具検査場など、旅客の行き交う「場内」で活動する麻薬探知犬を「パッシブ・ドッグ」という。彼らは、ベルトコンベヤーから降ろされた手荷物、検査を待つ旅客の携帯品や衣服を素早くチェック。万一、麻薬類のにおいを検知すると、その場でオスワリをしてハンドラーに知らせる。旅客を驚かせないためである。もちろん、においがかすかで、確信を持てない探知犬が首をひねったりする、わずかな表情、動作の変化が重要な手がかりになることもある。
 「オスワリするという反応だけじゃなく、犬の『おや、おや』という動きからドバッと麻薬類が出たことがあります。やはり、心が通じ合っていないと、できないんです。わたしら、引き綱(リーシュ)を通して、犬の心と人間の心がつながっている、と思っていますから」と、元ハンドラーで、現在、東京税関監視部麻薬探知犬訓練センター室課長補佐の瀧口悟さんは語る。

精神的に我慢強くて、捜査意欲の強い犬でないと務まらない

 瀧口さんによれば、増大する麻薬類の密輸入を防ぐために、日本に初めて麻薬探知犬2頭がアメリカから導入されたのは、成田空港開港翌年の1979年だった。その有効性が認められ、翌80年には成田空港内にプレハブの訓練施設が設けられて、国内での麻薬探知犬育成事業が始まった。そうして、87年、空港近くの現在地に麻薬探知犬訓練センターが開設され、育成事業も本格化した。
 これまで国内で育成された麻薬探知犬は約300頭で、現在、成田空港を筆頭に、北海道から沖縄まで全国9つの税関に配属され、各地の主要空港や港などを舞台に合計で約100頭以上が活動しているという。
 麻薬探知犬の訓練期間は約4か月。最初の1か月は環境に慣れるための馴致(じゅんち)訓練で、以後3か月間、ハンドラーとの訓練のため、各地の税関から派遣された税関職員とペアを組み、厳しい訓練が実施されていく。
 それ以前に極めて重要なのが、麻薬探知犬に向いた候補犬を、各地のブリーダーや警察犬訓練所などの協力を得て、多くの犬たち(犬種はシェパード、ラブラドール、ゴールデン)の中から選定することである。
 好奇心旺盛で、持ち帰った物に対する独占欲が強く、活発で、人見知りせず、どんな場所でも恐れず、人への攻撃性がなく、健康的な、それも生後8か月から2歳までの犬を、年間約50頭ほど選抜。その中で年間約20頭の麻薬探知犬(と20名のハンドラー)を育成していく。
 「特にパッシブ・ドッグは直接旅客と接し、また1回の活動時間も30分前後と長い(アグレッシブ・ドッグは10分前後)ため、精神的に我慢強くて、捜査意欲の強い犬でないと務まらないですね」と、瀧口さんは言う。
 もちろん、ハンドラーになるのも大変である。若い、元気な犬たちに負けないだけの体力と瞬発力と判断力。そして、自分の感情を抑え、じっと犬の思い、気持ちを受け止めることのできる、母親が子どもを育てるような忍耐力が必要です、と瀧口さんはつけ加えた。

ごほうびは、ダミーでハンドラーと思いきり遊ぶこと

 最初の2か月間は、においの強い大麻類を見つける訓練をする。
 探知犬は、麻薬を摘発することにやりがい、生きがいを見出すわけではない。彼らの喜び、楽しみは、麻薬を見つけた時に、ごほうびとして与えられるダミー(タオルを固く縛った物)でハンドラーと思いきり遊ぶこと。そのために、まず、ハンドラーとダミーを取り合いして遊ぶ楽しみ、喜びを身につける。
 次いで、大麻や大麻樹脂のにおいをつけたダミーを見つける訓練をマスターし、本物の大麻や大麻樹脂を使った訓練を行っていく。
 訓練センター内には、そのための、持来(じらい)訓練場や埋蔵訓練場、車両訓練場など野外訓練場と、空港内のソーティング場や旅具検査場、郵便局などを模した訓練棟がある。
 例えば、旅具検査場を模した訓練棟では、ハンドラー(研修生)に連れられた訓練犬(パッシブ・ドッグ)が、コンベヤーの脇に並ぶたくさんの箱類を順にかいでいき、大麻類を潜ませた箱の前でオスワリする。周りからすぐに歓声や拍手がわき上がり、ハンドラーがごほうびのダミーを与え、大喜びして駆け回る訓練犬と退場していった。
 また、郵便局の仕分け場を模した訓練棟では、床にいくつか並んだ箱の1つをかぎ分けた訓練犬(アグレッシブ・ドッグ)が、ハンドラーの大きな掛け声に励まされ、懸命に前足と口でその箱をアタック。見事に大麻類のにおいのついたダミーをくわえ出し、称賛の嵐を浴びながら、意気揚々と去っていった。
 「探知犬とハンドラーの訓練をすると、犬のほうが進歩が速くて、犬に教わりながら徐々に人間が追いついていく、という形ですね。やはり、犬の成長速度は人間よりずっと速いですから」と、瀧口さん。
 約2か月間で大麻類をマスターした訓練犬は、その後、約1か月間で、それ以外の覚せい剤やヘロイン、コカイン、アヘンなどをマスター。無事、最終評価で合格を得て、現場トライアルを修了すれば、一人前の麻薬探知犬となり、3か月あまり一緒に訓練したハンドラーと任地に赴く。
 麻薬探知犬の任期は通常7年ほどで、8歳前後になればリタイア。以後、税関職員たちの家庭に引き取られたりして余生を送る。なお、現役で亡くなれば、訓練センター中庭の犬魂碑に祭られる。
 瀧口さんは、犬魂碑の前に立ち、「大きな摘発をして、報道発表をしていただいたことが忘れられない思い出ですね。ここで育った犬がフラッシュを浴びるのが、たまらなかったです」とつぶやいた。

※持来訓練とは、トレーナーが投げたダンベルやボールなどを、犬に持って来させる訓練

モンキードッグ1期生「クロ」 クロと飼い主の降旗さん。散歩は朝夕の2回で、夕方はパトロールも兼ねて裏山を歩く 写真奥の裏山からサルが侵入してくるが、クロの活躍のおかげで最近は現れないように

北アルプスの山麓で、野生のサルたちを追い払う本邦初の「モンキードッグ」

 長野県北西部、北アルプス山麓の大町市は、農地を荒らす野生のサルたちを追い払う、ユニークな「モンキードッグ事業」に日本で初めて取り組んだ自治体である。
 山麓沿いの農家が以前からサル被害に遭ってきた大町市では、農林水産課を中心に、これまで、防護ネットや電気柵、打ち上げ花火、追い払い、捕獲など、様々なサル除け対策を実施してきた。しかし、その都度、サルは防護ネットを乗り越えたり、電気柵の下を掘り抜いたり、花火の音に慣れたりして、おいしい農作物の実る農地に侵入。手当たり次第に食べ散らしてきた。
 「春から夏は野菜がやられ、秋はリンゴに水稲、柿と、食べられる物は何でもやられます。サルは冬眠しないので、通年、山から出てきます。それで、農作物があれば被害に遭うんです」。年中、猿害対策に走り回っている、大町市農林水産課庶務係主任の飯嶋大治さんは、そう語る。
 そんな状況の中、今から3年前の04年夏、当時の市長が市内各地区での市政懇談会の席上、「なんとか、猿害を食い止めてほしい」と言われ、市長の提案で農林水産課の職員たちは、懸命に新手の対策づくりに知恵を絞り始めた。ちょうどその年の9月、市内泉地区で農地に侵入したサルたちを人間が追い払っている時、一緒について来た犬に驚いたサルたちが慌てて逃亡。飯嶋さんたちは、農家の飼い犬をサル追いに役立てられないか、と思いついた。
 善は急げで、すぐ市役所で翌年度(05年)の予算を獲得。試行期間として、サル追いを行った犬のいる泉地区の農家3軒に協力を得て、飼い犬3頭の訓練を隣町の警察犬訓練所に委託することになった。
 基本的な服従訓練を始め、サル追い訓練などを修了した犬たちは、3か月(現在は5か月)の訓練期間修了後、帰宅。普段は庭先の犬小屋につながれ、サルが出現すると、縄を解かれ、猛然とサルたちを追い払う日々が始まった。
 「人が追い払いをしても、サルは平行移動するだけで、人がいなくなるとすぐに戻ってきます。でも、モンキードッグが活動し始めたところでは、2か月ぐらいすると、サルはほとんど来なくなりました。特に逃げ遅れて木に登ったサルの恐怖心はすごいらしくて」と、飯嶋さんは言う。事実、導入地区周辺での猿群の移動調査でも、奥山を迂回しているのが確認されている。
 以後、市内各地区でモンキードッグ事業への参加を希望する農家が増え、現在、11頭が活動している。また、国内各地からの視察も相次ぎ、すでに群馬県や秋田県が同様のモンキードッグ事業に着手。その他、宮崎県や高知県、兵庫県、徳島県などでも始まろうとしている、とか。

モンキードッグの“威力”

 モンキードッグ1期生の愛犬「クロ」が暮らす降旗さん宅を訪ねると、「今年は、サルが全然来ないもので、クロはこうして、庭でごろごろばかりして(笑)」と、降旗正さんは言う。
 クロは、朝、降旗さんと自宅の東を流れる川の堤を散歩し、夕方は、サルの侵入経路となる、西側の、木々の生い茂る山すそを、パトロールを兼ねて散歩するのが日課である。サルの気配を察すると、クロは低いうなり声を発し、それに気づいた降旗さんは、長い綱をはずしてクロを放つ。すると、クロは一目散にサルたちを追いかけ、30分ほど追い回した後、戻ってくる。
 降旗さんによれば、逃げ切れなかったサルが木に登ると、当初、クロは木の周りをぐるぐる回るだけだったが、その後、木の下でワンワンほえて威嚇するようになったという。
 しかし、クロの“追いかけ”が骨身に染みたサルの群れは、昨年ぐらいから、降旗さん宅周辺にほとんど姿を見せなくなり、たまに離れザルが現れるぐらい、とか。
 降旗家で、小学校に通いだしたお孫さんの遊び相手としてクロを飼いだしたのは3年前。それ以前、「チビ」という名の犬がいたが、老いていたため、それほどサルの脅威とはならなかったようである。しかし、さすがに犬の“存在”は大きかったのか、チビが亡くなった後、クロを飼うまでの数年間、サルの群れは野放図に降旗さん宅周辺の畑や水田を荒らし回った。奥さんがその様子を話してくれた。
 「多いと30頭ぐらいが来て、大根でもタマネギでも、ジャガイモでも、稲穂でも、何でも食べますね。リンゴやカボチャでも、そろそろ熟れごろになると、大勢でやって来て、みんな食べ散らす。食べるだけでなく、サルは山に帰る時、持って帰るんです。背中に小さい子ザルを乗せてね。その子ザルも、小さいカボチャを持っている。見れば、かわいいんですけど、でもね」。
 2階のベランダにつるした干し柿を、屋根伝いにやって来たサルたちにやられたこともあった。それが、モンキードッグ1期生のクロの活躍で、今や昔話になりそうな状況である。

ダム建設と野生ザルの暮らし

 ところで大町市では、いつごろからサルの被害が目立ち始めたのだろうか。
 泉地区で代々農業を営んできた降旗さんは、「小さいころは、サルなんて全然見かけなかった。高瀬ダムが始まったころからかな」と言う。
 高瀬ダムは、日本では黒部ダムに次いで巨大なダムで、大町市西端、北アルプス東側の高瀬渓谷に造られた(工事が69年で完成が79年)。同時期、その下流に、高瀬ダムとセットになる七倉ダムが建設され、さらに70年代半ば、その少し下流で大町ダムの工事が始まった。ちなみに泉地区は、大町ダムの東数キロの山麓にある。
 もちろん、最初はサルの頭数も少なく、被害もわずかだったが、時を経て、人への警戒心も薄らぎ、快適な里の暮らしに適応。うまい農作物に味をしめたサルの群れは、どんどん繁殖力を増し、頭数を増やし、農作物への依存度を急激に高めていったようである。
 そんなわけで、飯嶋さんによれば、大町市の農家が野生のサルたちの被害にひどく苦しみだしたのは、10年ほど前からだとか。
 「現在、大町周辺に出没するサルは9群で、500頭ほどいるようです。サルたちは10年、20年かけて里に降りてきたので、半年、1年で解決するのは無理だと思います。やはり、同じ年数をかけて、徐々にサルたちを奥山に押し上げるしか方法はないでしょうね」。
 飯嶋さんはそう言って、クロの頭をなでた。

*この記事は、2007年6月20日発行のものです。


●取材協力
東京税関 成田税関支署、東京税関 監視部 麻薬探知犬訓練センター室

長野県大町市産業建設部農林水産課

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