ネコエイズ
エイズ時代を生きぬくために
ネコの世界でも、エイズウイルスが猛威をふるっている。 しかしどんな病気でも昨日、今日、この世に現れたわけではない。あわてず、恐れず、眼をそらさず。ネコエイズとは何か。どんな予防法があるのか。もし感染すればどうなるのか。 冷静に"敵"を知り、人間とネコの暮らし方を考え直してみよう。
監修/日本獣医畜産大学獣医学部 助教授 石田 卓夫

長寿化と過密化がエイズ蔓延の元

イラスト
illustration:奈路道程

ネコエイズウイルス
顕微鏡写真

 ネコエイズは、古くて新しい病気である。獣医学の世界でネコに寄生するエイズウイルスが発見されたのは、1980年代半ば。アメリカのカリフォルニア州でのことだ。すぐに各国で調査・研究が開始され、続々と同じウイルスが見つかった。
 特に陽性率の高かったのが日本とイタリアで、フランスやイギリスがそれに続いた。第一発見国アメリカの陽性率は比較的低く、スイスではごくわずか。スウェーデンではゼロに近かった。
 ウイルスの遺伝子研究が進むと、ネコのエイズウイルスは太古の昔からネコ族に感染してきたことがわかった。
 では、どうしてこれまで発見が遅れたのか。エイズウイルスは潜伏期間が長く、感染したネコが発病するまで、約4,5年(1歳で感染すれば、5,6歳)。昔は外(野良)ネコの平均寿命が4歳ほどだったから、感染しても発病する前に亡くなることが多かった。世界的にネコの栄養事情がよくなって、外ネコも寿命が伸びてきたのである。
 もう一つ理由がある。先に述べた国ごとの陽性率の差を見ればわかるように、日本やイタリアのように、狭い国土に人間がゴチャゴチャ暮らしている地域は、当然、ネコ族も過密になる。となれば、テリトリーが無数に重なって、激しいケンカが増加する。感染源は、ほとんどが咬傷をともなうケンカなのである(オスの陽性率が圧倒的に高い。また、ウイルス自体の力は微弱で、なめただけや交尾の際の精液では感染しない。ネコの胎子は袋に包まれて生まれるために、出産時の母子感染も起こりにくい)。つまり人間社会に起因する長寿化と過密化がネコエイズ蔓延の背景にある。

感染から発病まで
口内炎が治らない。
写真
 ネコエイズウイルスに感染すると、どうなるのか。感染後、1ヵ月ほどは無症状で変化はない。1ヵ月後ぐらいから、感染ネコは急に体調を崩しだす。熱が出たり、ひいたり。下痢を起こしたり。鼻水がしきりに出たり。そしてリンパ腺が腫(は)れる。それが、ウイルスが積極的に活動し、体内の免疫と激しく闘う急性期で、数週間から数ヵ月続く場合がある。
 急性期を過ぎると、ウイルスはリンパ球の中に潜んで眠りにつく。無症状キャリア期で、体内の免疫も敵を見失って攻撃をやめ、ネコはカゼが治ったように元の体調に戻る。この穏やかな無症状キャリア期が2,3年。あるいはそれ以上続く。
 しかし、やがて何かの刺激を受けてエイズウイルスが眼をさます。また免疫とウイルスが闘い始め、リンパ腺が腫れだす。そして2,3ヵ月の間にネコはさまざまな慢性疾患(エイズ関連症候群)に悩まされることになる。
 たとえば、ネコの体重が10%近く減少する。口内炎が治らない。下痢が続く。鼻水が止まらない。エイズの前段階の症状である。その状態が数ヵ月から1年。
 ついに血液中で免疫を司令するTリンパ球が極端に減少して、体内の免疫機能がほとんどマヒ。普段なら何の影響もないカビや細菌が繁殖して致命傷になる、各種の日和見(ひよりみ)感染が起こる。あるいは悪性腫瘍(がん)が起こってくる。これがエイズ(後天性免疫不全症候群)である。

1日でも長く、楽しい日々を過ごす
悪性腫瘍が発生し始めている。
写真
 現在、まだエイズの有効な治療法はない。ネコでは免疫が有効に働かないため、今後もエイズウイルスの感染を防ぐワクチンの開発は望み薄。可能性が高いのは、無症状キャリア期にエイズウイルスが眠っているとき、ウイルスをできるだけ長く眠り続けさせる薬の開発である。
 事実、リンパ球の中に眠るウイルスを刺激しないような、穏やかな生活環境を保ち続ければ、エイズ発病までの期間も延びる。たとえ、わが家のネコが感染し、キャリア(陽性)と判明しても、すぐにエイズになるわけではない。家の中で穏やかに、栄養と健康状態に気をつけて大事に飼っていれば、日和見感染になる確率を低下させることができるのである。
 では感染を防ぐにはどうすればいいのか。有効な手段は、できるだけネコを野外に出さないこと。流血のケンカを防ぐことである。そのためには、去勢、避妊を行うことも大切だ。
 自由気ままな生活こそネコにふさわしい生き方だが、過密な人間社会に暮らすネコにとって、平和な世の中は期待できそうもない。室内で穏やかに生きるしか、エイズウイルスと無縁にいる方法はないのである。
 とにかく、ネコ族はこれまで何百万年、何千万年とエイズウイルスと共存して暮らしてきた。たとえ感染したとしても、飼い主は決してパニックに陥らず、愛ネコと1日でも長く、楽しい日々を過ごす努力を重ねるべきではないだろうか。

*この記事は、1995年9月15日発行のものです。

●日本獣医畜産大学獣医学部
 獣医臨床病理学教室
 URL:http://www.beingnet.or.jp/pub/nvaucp/cp.html
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