口内潰瘍
医食同源で病気を治す
水を飲むと、しみる。モノを食べると、痛い。私たちの楽しいはずの食事が、まるで拷問のような苦痛の場に変わるのは、口内炎のせいである。 人間がわずかな口内炎でもネをあげるのに、小さなネコたちが口中赤くただれる口内潰瘍になれば、どんなに苦しいだろうか。 その原因と対策を考えてみる。
監修/ミネルバ動物病院 院長 酒井 公夫

歯石や歯垢が引き金になる

イラスト
illustration:奈路道程

 

 身近で、口内潰瘍に苦しむネコの姿を見ると、やりきれない。お腹がすいたから、お皿に盛られたエサを食べようとする。でも食べると傷口に食べ物が当たって痛いから、こわくて食べられない。でも空腹がつのってガマンの限度をこえる。そこで勇気をふるいおこして1口食べてみる。やはり口内に激痛が走る。ネコはギャーギャーと苦しみもがいて、両手で口のあたりをかきむしる。口のまわりはよだれだらけでバリバリになり、悪臭がただよう。きれい好きなネコたちにとって、何より耐えがたい病いのひとつである。
 その原因はいろいろあるが、まず注意すべきは歯石だ。歯のあいだにたまった歯石が口内の粘膜を傷つけて化膿する。なにしろ、口内は雑菌の巣。おまけに、ネコは顔や体をていねいになめまわすが、さすがに歯磨きまではできない。それに犬よりずっと口やあごが小さいから、歯が密集して、食べかすが落ちにくい。おまけにネコはウェットタイプのフードが多い。自然、歯石や歯垢がたまりやすく、口内炎、口内潰瘍の引き金になる。体調をこわしたら、すぐに口内の雑菌が活躍するのである。
 歯石以外の原因をあげると、近年急増するエイズ白血病のウイルスや、カゼその他のウイルスが火付けとなる。また、体内の免疫が強すぎて口内潰瘍となるケースもある。最近はことにエイズや白血病のウイルスが要因となることが多い。さらに原因不明のウイルスによる場合もある。まず原因をつきとめて治療法を定めないと、なかなか治らない。もちろん、症状が良くならなければ、食事どころではない。そうなれば衰弱が進んで、病いはさらにひどくなる。

エイズや白血病が原因の口内潰瘍が急増
   現在、口内炎、口内潰瘍のひどいネコは動物病院に連れていくと、すぐエイズや白血病のチェックがなされることが多い。それらが原因となるケースが増えてきたのである。面倒なのは、1度の血液検査でエイズが陰性であっても、それが潜伏期に入っていることがある場合だ。何ヵ月かたって症状が悪化し、再検査すると、陽性反応が出たりする。また、愛ネコがエイズだからといって外に出さないと、ストレスがたまって食欲が落ちる。そうなれば、体調をくずしてエイズの症状が急に進む。いつもより一緒にいる時間を増やして、すこしでもストレス解消に努めるべきである。
 とにかく、動物病院でエイズと診断されて大騒ぎするのは、ネコではなく、飼い主だ。
「あと何日ですか」「人間にも移るのですか」と、的外れの不安や疑問がわきおこる。たとえエイズでも、免疫不全症候群で一命を落とすまで、ときによれば何年もかかる。また、ネコのエイズウイルスは、ネコ以外には絶対に移らない。冷静に、そしていままで以上の愛情をこめて、愛ネコの世話をしてあげてほしい。
 エイズ以外のウイルス感染であれば、原因を明らかにし、それに効く抗生物質を与え、栄養補給に心がければ、「日にち薬」で数週間ほどすれば、口内潰瘍もぐんと症状が改善する。あわてることはない。

流動食で体力回復が治療の基本
チューブで栄養補給を受ける口内潰瘍のネコ。
写真
 とくに重要なのは、食べられないネコにいかに食事を与えるか、である。点滴は栄養補給にはあまり役立たない。食道や胃に直接チューブを入れて、薬の混ざった流動食を注射器で送りこむ。それだけで、ネコは体力を回復し、薬の力と自分の治癒力とで口内潰瘍を治していく。ネコも人間も「医食同源」なのである。
 流動食を入れるチューブの取り付け手術は、思いのほか簡単だ。体内でチューブの先を固定するアダプターは、万一ネコがチューブを取り外せば、そのまま体内をめぐって、便とともに体外に排出される。傷口は3日ぐらいでふさがるから、ネコが引っかいても心配がない。もっとも首筋に注射器のような注入容器がぶらさがっているのが不気味だという人がいるが、そのぐらいはガマン、ガマン。どうしてもというのなら、胃に取り付ければ、違和感は少ない。
 とにかく、ネコは体力を回復し、症状が改善するまで、飼い主が自宅でこまめに流動食を入れてあげなければならない。世の中は在宅看護の時代。打ちとけた看護活動を通して、ネコと飼い主の心のふれあいも格段に深まるに違いない。災い転じて福とする絶好の機会である。
 口内潰瘍の予防としては、日頃からネコの歯茎に歯石・歯垢がたまらないように、折りにふれて歯の手入れを心がけること。そして少しでも口内炎の兆候があれば、かかりつけの獣医師に見てもらい、早めの治療と体力増強に取り組むことだ。現代は、子ネコのときから歯磨きの習慣をつけるべき時代といえるかもしれない。

*この記事は、1996年5月15日発行のものです。

●ミネルバ動物病院
 兵庫県川西市美園町
 Tel (0727)58-5111


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