脳神経疾患
もちろん、ネコにも「水頭症」や「脳腫瘍」も多いが、いちばん目立つのが、中耳炎にともなう「鼓室胞炎」による脳神経症状である。 それに次いで、交通事故による「脳挫傷(ざしょう)」、あるいは「ネコ伝染性腹膜炎」による髄膜炎などがある。
監修/長屋獣医科病院 院長 長屋 好昭

ネコに多い中耳内の「鼓室胞炎」

イラスト
illustration:奈路道程

鼓室胞炎
炎症で膿などが溜まった部分が白っぽく写る。(赤丸部分など)

CT映像

 ネコの脳神経症状で最も多いのは、内耳炎や中耳炎などにともなう「鼓室胞炎(こしつほうえん)」によるものである。
 「鼓室」とは、中耳の中にあり、外耳と中耳の境となる鼓膜に接し、鼓膜がとらえた音(の振動)を耳小骨によって内耳に伝える空間だ。ふつうは空洞だが、炎症が起こると膿などの液体がたまる。そうなれば、感覚をくずして、首が一方向にまがる斜頚(しゃけい)やぐるぐるまわる旋回運動などを起こす(もちろん、耳の中がじくじくして痛み、聞こえづらくなるにちがいないが、ネコは自己申告しないために、体の外側の変化や動きで飼い主が判断するしかない)。
 この病気も、CTで診断すればすぐにわかる。「空気」はCTの画像では黒く写るが、液体は白く写る。だから「鼓室」が白く写れば、内部に液体がたまっている証拠となる。
 治療法は、ふつう、抗生物質を投与して炎症を抑えればよい。それで治らないようなら、外科的に内部を洗浄して細菌感染を一掃する。

交通事故などでの「脳挫傷」「脳内出血」
水頭症赤丸部分に髄液が溜まっている。
CT映像
 ネコの脳神経症を引き起こす病気で、「鼓室胞炎」に次いで目立つのは、交通事故などによる「脳挫傷」である。頭の表面に傷がなくても、柔らかい脳が交通事故による衝突、打撲や転倒などで損傷をこうむり、ある部分が壊死(えし)することも少なくない。事故後、嘔吐(おうと)したり、意識が不確かになったり、体がふらついたりしていれば、CT診断を受けると、脳挫傷などで脳内出血していれば、すぐにわかる。
 犬の場合で、「くも膜下出血」などの脳内出血が起こるケースもある。人間の場合、脳動脈瘤(どうみゃくりゅう)の破裂によって「くも膜下出血」(脳を包む3層の膜のまん中の「くも膜」の下側に出血する)が起こるのがほとんどだが、犬の場合、症例も少なく、原因はまだ不明である。いずれにしろ、脳内出血の場合、外科手術ができないケースがほとんどで、脳圧亢進症にならないように、薬剤の投与によって、脳浮腫(「Dog Clinic 脳神経疾患」参照)を抑え、また水頭症への移行を防がなければならない。

「ネコ伝染性腹膜炎」による髄膜炎
造影CTによるネコの小脳腫瘍。腫瘍の部分が白く写る。(赤丸部分)
CT映像
 そのほか、ネコで注意すべき脳神経症状を引き起こすものに、ネコ伝染性腹膜炎(FIP)に起因する髄膜(脳脊髄膜)炎などがある。この病気は、コロナウイルスといわれるウイルスによる感染症であり、「ウエットタイプ」と「ドライタイプ」がある。症例の多い「ウエットタイプ」なら、腹部や胸部の血管に取り付いて炎症を起こし、患部に腹水や胸水がたまり、胸水なら呼吸困難、腹水なら食欲不振と栄養失調で衰弱死する。「ドライタイプ」なら、脳の血管に取り付いて髄膜炎などを起こし、重い神経障害を引き起こす。致死性の高い病気である。薬剤を投与して、炎症を軽減させ、症状を緩和させるのが精一杯の治療方法である。

なお、犬が髄膜炎にかかる場合、
ジステンパーに起因することが多い
   そのほか、脳神経症状にかかわるものとすれば、これも犬に多い症例だが、人間を悩ます「脳梗塞」があり、おもに高齢の犬がなりやすい。「脳梗塞」には、動脈硬化のために脳の血管内が狭くなって血流が止まる「脳血栓(けっせん)」と、心臓など脳以外の場所の血管でできた血栓(血小板や赤血球などの血液片の固まり)が脳の血管に入って詰まる「脳塞栓(そくせん)」とがある。脳細胞は、血液によって酸素とブドウ糖を供給されることによって命脈をたもっているから、わずか数分でも血流が止まると壊死していく。急に自宅の犬の眼が見えなくなったり、歩き方がおかしくなったりすれば、できるだけ早くCT診断を受けることが大切だ(ただしCT検査によってすべての脳神経疾患が診断できるわけではない)。早期なら、血栓を溶かす溶解剤を投与して、脳動脈の血流を再開させ、脳神経細胞の損傷を最小限にくい止めることも可能である。しかし脳梗塞のダメージが大きいと、出血がひどくなる。ときには周辺の血管から梗塞部位へ血液が送られ、症状が自然治癒的に回復する場合もある。
 いずれにせよ、人間と犬やネコとの関係が深まれば深まるほど、飼い主と獣医師は、愛犬・愛猫の重い病いとの闘いにこれまで以上の熱意と努力を傾けていく。このような脳神経疾患への取り組みも、今後ますます重要性、必要性が増していくにちがいない。

*この記事は、1998年7月15日発行のものです。

●長屋獣医科病院
 名古屋市天白区大根町6-1
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