ズーノーシス (人獣共通感染症)
ネコと遊ぶと、つい度をすごして興奮させ、兄弟ケンカのように、手足に引っかき傷や咬み傷を受けることも少なくない。
そんな傷から病原体に感染することもある。
監修/獣医師、アニマル・ヘルス・アドバイザー   浅野 妃美

リンパ節が腫れると、「ネコ引っかき病」

イラスト
illustration:奈路道程

 

 ネコにかかわるズーノーシス(人獣共通感染症)でめだつのは、「ネコ引っかき病」である。細菌やリケッチア(細菌より小さく、ウイルスより大きい微生物のこと)などの病原体のいるネコや犬に引っかかれたり、咬まれたり、なめられたところから感染し、患部が赤くはれたり、膿んだりすることがある。しばらくすると自然に治る。しかし、ときには感染後、少し間を置いて患部周辺のリンパ節が腫れてくることがある(体力が落ちていて、体を守る免疫が低下していれば、全身症状に移行する確率が高い)。こんな場合が、「ネコ引っかき病」である。ほとんどは、その後、何事もなかったかのように治癒する。たとえリンパ節が腫れても、気づかなければ、問題ない。しかし、ネコに引っかかれた患部と少し離れたリンパ節が、傷が癒えたあとしばらくして腫れるために、因果関係がわからない。だから、腋下などのリンパ節を腫らした女性が、ふと、乳がんではないか、と不安をつのらせる恐れもある。とにかくリンパ節が腫れると、悪性リンパ腫やがんの転移、結核、トキソプラズマ(後述)など、厄介な病と間違われることもある。突然、リンパ節が腫れ、病院で問診を受けたとき、ネコとの接触の有無を自己申告していれば、誤診や無用の取り越し苦労をせずに済むだろう。
 もっとも、このネコ引っかき病になるのは、ネコの気持ちを無視してネコ可愛がりする男性や子どもに多いという。なかには、ネコが苦手なのに、知人宅のネコをなで、爪をたてられるケースも少なくない、とか。
また、ネコ引っかき病をおこすネコには、ノミがたくさん寄生していて、それらのノミが病原体を運んでくることも多い。ノミの駆除、そしてネコの爪切りなどを定期的に行い、ネコも室内も清潔に保つことが大切だ。

ネコ好きの指や腕に脅威の「パスツレラ」
   同じように、ネコや犬に引っかかれたり、咬まれたりして感染するズーノーシスで、より悪性なのが、パスツレラ菌を病原体とする「パスツレラ症」だ。この細菌が体内に入ると、わずか数時間以内に傷口が赤く腫れ、ズキズキと痛みだす。愛猫がライバルの出現などで気が立っているとき、抱き上げようとして、きつく咬まれたり、引っかかれたりすれば、傷が深くなりがちだ。そんなとき、パスツレラ菌に感染すれば、皮下組織や骨にまで炎症をおこし、放っておけば、患部の細胞が壊死し、指が曲がらなくなったり、指の骨に穴があいた人もいる。ちなみに、国内の調査報告では、調査したネコのうち、口の中にパスツレラ菌を保有していたネコが85%(犬は17.5%)、この菌を指の間に保有していたネコが20%だったという。
 外出から帰ったネコや犬の足をよく洗い、ふだんから歯磨きの習慣を身につけていることが予防の第一歩。そして、万一、引っかかれたり、咬まれたりすれば、たとえ小さな傷でも、丁寧に水洗いし、消毒することを忘れるべきではない。なお、いつまでも鼻炎が治らなくて、という場合にも、パスツレラ症の疑いがある。体力が落ちていれば、気管支炎や、ひどくなれば、敗血症になることもある。
 また、ズーノーシスではないが、地中にいる破傷風菌が、ネコや犬の足や体に付着して家庭内にもちこまれ、人の体の傷口から感染して重い破傷風にかかる場合もなくはない。幼児期にワクチン接種を済ませておくのが賢明だ。

妊娠中は要注意の「トキソプラズマ」
   ネコのズーノーシスといえば、よく話題になるのが「トキソプラズマ」だ。この病原性原虫トキソプラズマは、主にネコの糞を媒介にネコや人に感染する。ネコでも人でも一度感染して抗体ができれば、問題はない。ご存じのように、妊娠期間中(とくに初期から中期)の女性で抗体のない(感染経験のない)人がトキソプラズマに感染すれば、流産や胎児に悪影響をおよぼす可能性がある。子どものときからネコとの生活を楽しんでいた人は、抗体をもっている可能性もあるが、念のため、妊娠適齢期になれば、トキソプラズマの抗体検査を受け、もし陰性なら、妊娠期間中は、身近なネコの抗体検査を行い、ネコも陰性なら、ネコに予防薬を飲ませること。もっとも予防薬を飲ませても、自宅のネコが屋外でトキソプラズマに感染したネコの糞にさわって帰宅する可能性もある。ネコの体についたトキソプラズマが床や絨毯に散らばったり、ゴキブリやネズミを媒介して、食器や寝具、衣類などにくっついていないとも限らない。ネコと遊んだら、必ず石鹸で手を洗うこと。経口感染なので、愛猫とキスしたり、顔をなめてもらったり、一緒に眠ったりすることは避けるべきだ。
 もっとも、現実には、豚肉などの食品からトキソプラズマに感染する確率が高い、といわれる。この原虫は熱に弱いため、調理のとき、豚肉を十分に加熱することが大事だが、それとともに、生の豚肉の取り扱いにはとくに注意すべきだ。生肉を切った同じまな板、包丁を使って野菜を切り、野菜サラダや豚カツの添え物をつくれば、簡単に感染する。調理道具類や食器も熱湯消毒を行うこと。また、豚肉の購入時、SPF豚、いわゆる清浄豚を選べば安全性も増す。なお、豚肉を一度冷凍すれば、トキソプラズマをやっつける可能性が高い。
 とにかく、一般に産科・婦人科でトキソプラズマと妊娠との関係に留意するところはそれほど多くない。みずからすすんで抗体検査を受けて余計な不安を減らし、安全なマタニティライフをすごすように心がけるべきである。
 現在、ネコや犬は家族の一員として家庭の中に迎えられ、人間と同じ生活環境で暮らす時代になった。だからこそ注意すべきことはいくつもある。散歩や外歩きから帰ってきた犬やネコの体の汚れを取るためにブラッシングし、足を洗う。あるいはケガやノミ、ダニの類が付着していないかどうかチェックし、歯磨きをするなど、家族同等の身だしなみ、健康管理を守ること。またいくら家族同等といっても、食生活や就寝、排泄などの生活習慣は人と犬・ネコとの区別をきちんとつけること。そして同じ食べ物を与えない、同じ食器を使わない、同じタオルを使わない、同じ寝具で眠らない、遊んだあとは必ず手を洗うなど、人と動物が快適で安全、安心な暮らしを保つための努力を積み重ねることが、ズーノーシスから人と動物を守る基本といえるだろう。

*この記事は、1998年7月15日発行のものです。



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