寄生虫に悩む
異常なほどの「清潔列島」となったニッポンだが、
犬回虫や犬糸状虫(フィラリア)など、犬の体内で栄える内部寄生虫も少なくない。

動物の体内をすみかとする内部寄生虫

illustration:奈路道程
 寄生虫とは、他の生き物の体表や体内に棲みつき、その生き物から一方的に養分を吸いとって暮らす、それこそ「虫がいい」生き物たちのことである。そのなかで、ノミやダニなど、動物の体表・皮膚をすみかとするものを「外部寄生虫」といい、回虫類など、動物の体内をすみかとするものを「内部寄生虫」という。今回は、犬、ネコの体内に寄生する内部寄生虫についてまとめてみよう。
 生活環境が向上して衛生状態と栄養状態がよくなれば、人でも、犬・ネコでも、寄生虫に悩まされるケースは減ってくる。しかし天文学的な長い年月にわたり、地上、水中を問わず、あらゆる動物の体内に寄生してきた虫たちは、無類の適応力を発揮し、さまざまな感染手段を使って、みずからの宿主となる犬やネコ、人などの体内に潜入すべく全力を注いでいる。そのなかで、犬に寄生して、現在、なお勢い盛んなものの代表が、一般にフィラリアと呼ばれる犬糸状虫や犬回虫、瓜実(うりざね)条虫などである。

巧妙な感染手段で栄える「犬回虫」
   まず、犬回虫についてのべよう。回虫類のなかで、犬に寄生するのが「犬回虫」、ネコに寄生するのが「猫回虫」で、犬やネコの体内で、しっかりと寄生している。
 その秘密は、たぐいまれな彼らの感染手段にある。小腸に巣くう犬回虫や猫回虫は、毎日、たくさんの卵を生み、虫卵は宿主(犬やネコ)の糞便とともに体外に出る。道端や草むらに放置された糞便中の虫卵は何日かすると、その内部に幼虫を形成し、さらに発育して感染能力をもつ。その後、犬やネコの体(手足とは限らない)にくっつき、なめられたりしてうまく口の中に潜りこめば大成功である。でも、これでは、偶然に左右されることになる。
 実はもっと、巧妙な感染経路もある。
 彼ら犬回虫や猫回虫の幼虫は、宿主の体内に入ってのち、消化管にたどりつくまでに、皮下組織や内臓、ときには眼球などに侵入する。なかには、それらの組織内にとどまる幼虫もいる(犬回虫や猫回虫は消化管のなかで成虫になる)。肝臓に穴をあければ肝炎を、肺なら肺炎をおこしかねないし、眼球に侵入すれば失明のおそれもあるが、とにかく、それら皮下組織・内臓などにとどまった幼虫が、妊娠中の母犬の子宮に入り、直接、胎児の体内に侵入したり(胎盤感染)、出産後、母乳にまじって、子犬の口から入りこむ(経乳感染)のである。なお、ネコの場合は、経乳感染するが、胎盤感染はない。
 いわゆる虫下し、駆虫薬はふつう消化管のなかに暮らす寄生虫にしか効き目がない。そのため、各種の組織にとどまる犬回虫や猫回虫にはお手上げである。このように、母から子へという確実な感染ルートを確保して、繁栄する。そのうえ問題なのは、犬回虫や猫回虫の幼虫は、人に感染することである。そのため、幼児たちが遊ぶ砂場の衛生管理で各市町村が大あわてしたことはよく知られている。先にふれたが、排泄されたばかりの糞便中にふくまれる犬回虫や猫回虫の虫卵には、感染能力はない。飼い主たるもの、地域住民の責務として、愛犬の糞便はかならず、その場で回収していただきたい。なお、寄生虫は、本来の宿主、つまり犬回虫なら犬、猫回虫ならネコの体内に入っても、それほど悪さをしないが、目的の宿主とちがった場合、間違いに気づいてか、大騒ぎする癖がある。そのため、人の眼球まで入りこんで失明させたり、リンパ節を腫らして発熱させたりすることもある。もっとも、実際に、犬回虫や猫回虫で人が失明したケースは、それほど多くはない。

犬いちばんの強敵「犬糸状虫」
   犬の寄生虫で、いちばん実害が大きいのが犬糸状虫(フィラリアというのは、犬糸状虫類というグループの総称名)である。犬糸状虫は、ご承知のように、蚊を介して、主に犬に、たまにネコに、まれには人に感染する。ふだん、定期的に予防薬を与えていない犬の半数以上の体内には、犬糸状虫がいると推測されている。主に心臓の右心室や肺動脈をすみかとする成虫は、たくさんの卵を産み、血液のなかには無数の子虫(ミクロフィラリア)が漂っている。彼らは、主に真夜中、体表近くの血管に現れ、蚊が犬たちの血を吸うのを待ちかまえている。無事、蚊の体内に入った子虫は発育をかさねて、感染能力を身につける(さいわい、冬期は外気温が低いので、発育不全で感染能力はない)。そうすると、今度は蚊の唾液を出す管の出口に待機して、蚊が犬の血を吸った小さな穴から犬の体内にもぐりこむ。以後、皮下組織や筋肉のあいだを動きまわり、脱皮をかさねて発育し、血管に入り込み、感染後半年ほどで成虫となって、心臓や肺動脈に定住する。残念ながら、いわゆるフィラリア予防薬は、感染後、二カ月以内の子虫を駆虫するだけで、それ以前の先住者への効力はない。そのため、予防薬の投与が不定期だと、犬の体内で犬糸状虫が成虫となることも少なくない。心臓や肺動脈にいる成虫を殺す駆虫薬もあるが、血管は閉鎖系で消化器系のような出口がないため、死んだ成虫が血管につまって大問題となることが多い。もし、成虫の存在が確かめられたら、外科手術で取り除くか、駆虫薬を使うか、成虫が寿命で死んでいくのを待つか、どんな治療方法がいいか、獣医師とよく相談すべきである。現在、フィラリア予防が普及してきたが、たとえ、都心部での室内飼いであっても、予防薬の服用が途絶えれば、犬糸状虫が猛威をふるう可能性は高い。
 なお、ノミを媒介に感染する瓜実条虫については、ネコのページを参照。 

*この記事は、2001年3月15日発行のものです。



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