膿瘍
戸外を歩き回るネコ、とくに雄ネコにはケンカで傷つくケースが無数にある。
ケンカ傷を放っておけば、皮下の傷口が化膿して、「膿瘍」になりかねない。
そして、「ネコエイズウイルス」や「ネコ白血病ウイルス」に感染する可能性も高い。
監修/戸田動物病院 院長 戸田 州信

皮膚の丈夫な雄ネコの「落とし穴」

イラスト
illustration:奈路道程

 

 「膿瘍(のうよう)」とは、読みづらく、書きづらい言葉だが、簡単にいえば、ケンカなどで皮下にできた傷が化膿し、傷口のふさがった表皮の下で膿がたまる病名のことである。
 ケンカといえば、雄ネコ。それも去勢していない、元気いっぱい、闘志満々の雄ネコの代名詞のようなものだ。戸外のナワバリ争い、さらに恋の季節、雌ネコをめぐっての激しい闘いで、顔や体のあちこちにひっかき傷やかみ傷をいくつも残す雄ネコの姿を見かけた人も少なくないだろう。ネコの皮膚、とくに去勢をしていない雄ネコの皮膚は、とりわけ丈夫にできている(普通の注射針が通りにくいことも少なくない)。
 皮膚が丈夫なために、表皮の傷口が小さくても、皮下の肉や筋肉が爪や牙の一撃で深く傷つき、バイ菌に感染して、化膿するケースが多いわけである。おまけに、皮膚と皮下の肉との結合が強い人間などとちがい、ネコ族の皮膚はつまめばいくらでも伸びるほど。もっぱら狩猟生活で生計を立ててきた彼らにとって、内臓への直撃を避けるために、皮膚が丈夫で柔軟性に富んでいることは、必要不可欠な特質にちがいない。しかし、いったん皮下にいたる傷を受けると、その長所がかえって、化膿の温床となる。化膿しやすく、膿がたまりやすいわけである。

ケンカ傷を見逃せば…
   「膿瘍」になったあと、放っておけば、やがて皮膚が腐り、肉がくずれて悲惨な状態になる。膿は家中に飛び散るし、ネコが傷口をなめると、汚い膿、バイ菌が体に入る。ときには、感染して胸膜炎を併発し、胸(胸膜と肺のあいだ)に膿がたまる「膿胸」になるおそれがある。
 「膿瘍」の治療は、皮膚を切開し、膿をきれいにとりのぞいて消毒し、抗生物質を服用、である。治療期間は短くて1,2週間。しかし皮膚が腐り、肉が落ちていれば、傷口を開放したまま、下から肉が盛り上がるのを待たなければならず、治るまでに1ヵ月以上かかるケースも少なくない。愛猫がどこかでケンカし、ケガしているようなら、すぐ動物病院で手当を受けること。家庭では、皮下にひそむ深い傷口を見つけ、きちんと消毒することは不可能に近い。
 先に「膿瘍」の原因がケンカ傷に由来するといったが、「ケンカ傷」でこわいのは、単に「膿瘍」のことばかりではない。
 それはケンカで受けた傷口から「ネコエイズウイルス」「ネコ白血病ウイルス」などのウイルスに感染し、難治、不治の病いにかかるおそれが大きいことである。
 単純に考えて、バイ菌の感染で「膿瘍」になるのなら、各地で猛威をふるう「ネコエイズウイルス」や「ネコ白血病ウイルス」に感染する可能性が高いことはすぐにわかる。「膿瘍」なら、1週間あまりで化膿し、ひどくなれば皮膚が腐り、肉が落ちて、飼い主はすぐ大騒ぎになる。しかし「ネコエイズウイルス」や「ネコ白血病ウイルス」に感染しても、陽性反応が出るまでに数週間以上かかるし、発症してもすぐに飼い主があわてるほどの症状が現れにくい。結果、「まさかうちのネコが…」という思いにすがって、感染予防も治療も後手にまわることが多いのである。

ケガ、伝染病、野良ネコ対策に「去勢」
   「ネコエイズウイルス」は、感染しても潜伏期が長く、やがて時限爆弾のスイッチが入るように、ネコの体を守る「免疫」を破壊して、さまざまな感染症や悪性腫瘍などを引き起こし、一命を奪う。また「ネコ白血病ウイルス」は、ネコの「骨髄」に感染して、赤血球や白血球などをつくる機能に大きな障害を与える。ともに難病の双璧で、野良ネコや放し飼いのネコのなかのキャリア(感染ネコ)の比率はかなり高い。
 「ネコ白血病ウイルス」に対しては、ワクチン予防があるが、それも100%安全ではない。「ネコエイズウイルス」には、まだまだお手上げ状態だ。最も確かな予防法は、「感染経路」を断つことである。つまり、雄ネコにも、1歳前(生後10ヵ月前後)から「去勢」手術を行うことである(そして室内飼いに徹すれば、鬼に金棒である)。「去勢」しておけば、恋の季節に他の雄ネコと雌ネコを争って死闘することもなくなるし、性格がおだやかになって、ナワバリ争いで大ゲンカすることも減ってくる。
 当然ながら、増え続ける野良ネコ対策にいちばん有効なのが、「去勢」「避妊」である。そのうえ、こわい伝染病を防ぐためにも、「去勢」「避妊」はたいへん効果的だ。これまで、みずから出産しない雄ネコを「去勢」することに消極的な飼い主が多かった。またケンカの強い雄ネコを誇らしげに感じる人も少なくなかったようである。しかし、そのような「自分勝手な」発想では、身よりのない不幸な野良ネコを増やすだけ。そしてわが愛猫がこわい病気に感染する可能性を高めるだけである。これからは、雌ネコの「避妊」同様の熱心さで、雄ネコの「去勢」に取り組む必要(いや「責任」)が飼い主にある、といえるのではないだろうか。

*この記事は、1998年3月15日発行のものです。

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