肝疾患
肝心、肝要という言葉があるように、「肝臓」は犬、ネコ、人間など動物の体を成長・維持するうえで必要な、代謝や解毒の中心的役割を担った生体内で最大の臓器である。 病み、傷ついてもぎりぎりまで弱音をはかないため、知らない間に病気が進行し、手遅れになることも少なくない。
監修/小出動物病院(井笠動物医療センター)  院長 小出 和欣

肝臓はぎりぎりまで弱音をはかない(沈黙の臓器)

イラスト
illustration:奈路道程
 食べ物や飲み物は胃腸で消化・吸収され、体の成長・維持に必要な栄養素をはじめ、体に不要・有害な物質も、腸から門脈という血管によって肝臓に運ばれて処理される。
 たとえば、体(の細胞)のエネルギー源となる糖分は、大部分が肝臓から静脈で心臓へ、そして心臓から動脈とそれに連なる無数の毛細血管で体のあらゆる細胞に供給される。糖分の一部は肝臓でグリコーゲンに変えられ、万一のエネルギー不足(飢餓)のために蓄えられる。一方、消化の過程で発生し、吸収されたアンモニアなどの有害物質は、肝臓で処理されて腎臓に送られ、体外に排泄される。また、体内に入った薬や毒物などを分解、解毒するのも肝臓の重要な働きだ。さらに肝臓で造られた胆汁は、十二指腸に送られて、腸内で脂肪を消化吸収するのに役立てられる。そのほか、体に血液凝固因子などの有用なタンパク、アミノ酸、酵素などが肝臓で造られている。
 これほど重要・多機能な役割を担う肝臓だから、体内最大の臓器(犬の場合で重さが体重の約2%)で、心臓から送られる血液の約25%を供給されているのも当然だ。肝臓は大きいばかりではなく、私たちの想像以上にタフ、丈夫である。たとえひどい肝障害でも全肝細胞の5分の4以上がダメージを受けるまでは、みずからの仕事を立派にやりとげる。しかし、このタフさのために、ぎりぎりまで弱音をはかず、症状が出始めたときは、重症で手遅れになる場合が多い。また肝臓は、たとえ75%を切り取られても、犬なら8週間ほどで元の大きさに再生する。この再生能力の高さも喜んでばかりはいられない。慢性の肝障害などでは、肝細胞の壊死と再生を繰り返していると、正常な肝細胞が減り、肝細胞が線維に入れ替わっていく。これが名高い肝硬変である。また、肝癌を誘発することにもなる。

糞尿を媒介する伝染性肝炎と薬物性肝炎
   人間の場合、肝疾患の主因は、一にウイルス性(A型、B型、C型)、二にアルコール性(飲酒による)といわれるが、犬の場合でも、ウイルスや細菌感染による肝炎も少なくない。犬で有名な犬伝染性肝炎(ICH)は、犬アデノウイルス1型の感染によりおこり、肝臓の痛み、嘔吐、下痢、角膜の白濁などの症状になり、ひどいときはわずか一晩で突然死する。もっとも、ワクチンで予防できるため、子犬のときからきちんとワクチン接種を続けていれば、問題はない。
 細菌感染により肝炎をおこすのはレプトスピラ菌だ。感染した動物(犬や家畜、ネズミ)の尿などを媒介に感染し、主に肝臓を攻撃して、黄疸や嘔吐、下痢、歯茎の出血などの症状をもたらす黄疸出血型と、主に腎臓を攻撃して高熱やはげしい嘔吐、下痢、脱水症状や尿毒症をもたらすカニ・コーラ型などがあり、ともにひどくなれば、死にいたる。
 レプトスピラ菌が厄介なのは、人畜共通伝染病で人間にも感染することだ。これまで、九州地域に多いといわれてきたが、最近の検査では、全国的に症例が確認されており、近年、「届け出伝染病」に指定された。もちろん、ワクチン接種で予防できるが、これまで都市域で症例が少なかったため、病院によってはレプトスピラ菌の感染を防ぐワクチンが含まれていない混合ワクチンが使用されていることが多い。都市域の犬でも現在は、車に同乗して、郊外や山野高原に出かける機会も多い。そのような場合は、レプトスピラ菌予防ワクチンの入った混合ワクチンの接種が望ましい。
 そのほか、犬の肝障害の要因には、アトピー性皮膚炎治療に有効な副腎皮質ホルモンやてんかん治療に服用する抗けいれん剤などの長期使用による薬物性肝障害があげられる。犬のアトピー性皮膚炎治療には、人間のかゆみ止めに役立つ抗ヒスタミン剤などがあまり効かないため、副腎皮質ホルモンに頼りがちになる。高用量で長期使用の場合は、注意が必要だ。

意外と気づかない、門脈奇形による肝性脳症
   耳慣れない病いに、肝性脳症がある。これは、本来、肝臓で解毒されるはずのアンモニアなどの消化管から吸収された有害物質が、肝機能の低下や門脈の異常によって肝臓で十分に処理されないまま、全身の循環からさらには脳に運ばれて脳神経に悪影響をおよぼす、肝疾患に由来する脳神経症のことである。犬の場合、その多くは、門脈血管が全身循環に直接バイパスする「門脈シャント(体循環短絡症)」という先天性異常のためだ。
 門脈シャントの存在は、有害物質が肝臓で解毒されないで全身へ運ばれるだけでなく、重要な栄養素が肝臓に送られないために、肝臓自体の成長・維持ができず、結果的に肝不全への道を歩むことになる。
 先天性門脈シャントによる肝性脳症の発病は、主に生後4ヵ月から6ヵ月ぐらいの幼犬に多く見られ、食後、体がふるえたり、けいれんして倒れたり、ぐるぐると旋回運動するなど、異常な行動を繰り返すことが多い。ジステンパーやてんかんおよび水頭症あるいは低血糖症など、他の疾患でも同様の症状を示すために、これまで発見が遅れたり、診断がつきにくいことも多かったが、近年は、血液中のアンモニア値を病院内で速やかに測定できる血液検査機器が導入されるようになり、早期に診断を下せるようになった。
 いったん肝性脳症を発症すると、薬剤でアンモニアの産生や吸収を抑える内科治療では数年の延命効果しかない。根治するためには、外科手術で門脈のバイパス血管をしばり、肝臓への血流を回復させなければならない。しかし、不用意にバイパス血管を完全にふさぐと、門脈圧亢進症で24時間以内に死亡することも多く、しかるべき技術と設備と経験のある動物病院で手術を受ける必要がある。欧米ではヨークシャーテリアやミニチュアシュナウザーなどの犬種に門脈シャントが多い。日本では、ヨークシャーテリアのほか、マルチーズやシーズーに比較的多いが、それらの犬種でも全体での発生率自体はきわめて低い。子犬で発育不良や下痢がちで同様の症状があるなら、早めに血液検査して、早期発見・早期治療につとめるべきだ。

犬・ネコに認められる代表的な肝疾患
[原発性肝疾患] [続発性肝疾患]
●慢性肝炎(主に犬) ●急性膵炎
●銅関連性 ●腸炎
●中毒性あるいは薬物性肝障害 ●低酸素症
●ウイルス性肝炎 ・貧血
・犬伝染性肝炎 ・ショック
・猫伝染性腹膜炎(肉芽腫性肝炎) ・うっ血性心疾患
・猫白血病ウイルス感染症 ●内分泌性疾患
●胆管肝炎(主にネコ) ・糖尿病
●肝膿瘍 ・クッシング症
●肝嚢胞(先天性) ・甲状腺機能亢進症(ネコ)
●肝リピドーシス(主にネコ) ●敗血症
●肝硬変 ●外傷
●原発性肝腫瘍 ●転移性腫瘍
●門脈-体循環短絡症 ●その他多数

*この記事は、1999年3月15日発行のものです。

●小出動物病院(井笠動物医療センター)
 岡山県小田郡矢掛町東三成1236-7
 Tel (0866)83-1323
 e-mail koide@vet.ne.jp
 HP http://www.ikasa-amc.com
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